勇者パーティー追放編:少し休ませてください


追手はきっとすぐそばまで迫っている。

本来ならもっと遠くで見つかりづらい場所に身を隠すべきだ。

でも何故だかこの家が、この空間がとても心地よい。

抗えない魅力を感じた。

ドアをノックする。

「夜分にすみません。」

…返事はないようだが、ドアの奥から声が聞こえる。

「あれ、鍵空いてる…。」

急に家に入るのは明らかに悪印象だろうが、生憎いつ追手がくるか分からない。

俺は勇気を振り絞ってドアを開けた。

ドアの先には…。




「最近スマホの充電の減りがえぐいんだよね。」

「あら、今のスマホは購入してどれぐらい使っているのですか?」

「えー覚えてないな。まぁ多分5年以上は使ってるんじゃないかな。」

「買い替え時でしょうか。せっかくですし最新のものに乗り換えてみては?」

「そうしたいのは山々何だけどさぁ…。高いんだよなぁ最新機種。」

「とは言えこの仕事について暫く経ったのですから少しぐらい貯金は…。」

「俺は今この瞬間を衝動的に生きてるんで。」

「していないのですね…。」




何だこの光景は。

勇気をだしてドアを開けたところ、何やら不思議な格好をした男女2人がいた。

しかも…話に夢中でこちらに気付いていなくないか?

「あのー…。」

「ん?」

よかった。男の方がこちらに気がついたようだ。

「おーやっときたんだ。遅かったねぇ。」

…どういうことだ?この男は俺のことを待っていたということか?

「あの…遅かったってどういう…。」

「あーもういいからいいから。とりあえず椅子に座りなって。てかなんかボロボロじゃん。こりゃ既に一波乱あったんだな。」

半ば強制的に椅子に座らされてしまった…。

「佐久間さん、とりあえず私たちが何者なのかの説明が先です。私お茶入れてくるのでお話を進めておいて頂けますか?」

「あ、確かに。こりゃ失礼したな。」

「い、いえ。」

「まずは俺たちについて説明させてもらうね。俺たちは"異世界出張相談所"と言いって、異世界に渡ってその世界の…主人公?というかキーマン?というか…とりあえず特定の困ってる人を助ける仕事をしているんだ。」

異世界?異世界ってなんだ?

「粗茶ですが。」

「あ、ありがとうございます。」

恐る恐る渡された飲み物を口にする…あ、美味しいコレ。

夜の暗い森の中走り回っていたのもあり身体が芯まで冷え切っていた。

そんな身体に温かい飲み物が染み渡る。

「…お茶飲んでホッコリしてるとこ悪いけど話聞いてる?」

「あ、す、すいません!」

「いや、その様子を見るに相当ここにくるまで大変だったんだろ?どうする。上に仮眠室とかあるし休んでから話にしようか?」

部屋で休ませてもらえるのだとしたらとても都合が良い…ただ…。

「すみません。それは…。」

「あーやっぱり怪しい奴らの住処に長居するのは嫌かな?」

「いや、そうではなくて。今俺は人から追われる身なので、ご迷惑をかけることに…。」

「ん?あーそれに関しては大丈夫。そんじょそこらのモブはここまで辿り着けないんだよ。」

…モブ?って何だ。

「あーえっと、この家の周辺はなんかすごい魔法的な結界的な超パワーで相当のことがない限りは外部からの侵入はできなくなっているんだよ。」

成る程つまり…。

「ここは聖域…ということですか。」

ダンジョンの内部に存在するモンスターが一切近寄ることのない空間のことなのだが…こんな何もない森の中にもあるものなのか?

「そうそれ、それが言いたかったんだよ。うん。」

サクマ?呼ばれていた男は凄い勢いで頭を縦に振った。

すると飲み物を出してくれた女性が男の後ろに周り小声で語りかける。

(また適当言って…。)

(理解できないことを説明する方が非効率だろ…。)

…本当に大丈夫かこの人たちは?

しかし先程すぐそばまで来ていた追手が未だにこの家に奴らが来たような気配はない。

「すみません、一度外に出てみても良いですか。」

「ん、ああ問題ないよ。」

外に出て探知魔法を使ってみる。この魔法は周囲にどよのうな生物がいるか知ることができる優れものだ。

「…あの2人以外生き物はいない?」

一応この魔法はモンスターや人に限らず野生動物なども反応するはずなのだが…。

「本当に相当のことがないと入ってこれないのか。」

だとしたら聖域よりすごいんじゃないかこの空間。

「すみません。とりあえず追手は大丈夫そうでした。」

「でしょ!すごいよな聖域。」

…多分適当に答えてるんだろう。

でも別に彼らが悪い人には見えない気がする。…まぁここに来るまでに人間関係が崩れ切った自分の体感など何も信用できないが…。

「…うん。やっぱり詳しい説明は後日にしようか。」

「えっ?」

「今君、ひどい顔してるよ。悲しいことでも思い出したみたいな顔だ。」

しまった。顔に出ていたようだ。

「よし!とりあえずこちらの話も君の話も休んだ後にしよう。あ、名前だけ聞いといて良い?」

「はい、俺はウルスって言います。」

「ウルス君ね、俺は佐久間。こちらの美女は上原さんだ。実はあともう1人いるんだけど今は不在中だから帰ってから紹介するよ。よろしくね。」

「よろしくお願いいたします。」

「サクマさん、ウエハラさん。よろしくお願いします。」




サクマさんに案内してもらった部屋は掃除が行き届いているようで埃一つなかった。

念のため最低限の装備を付けたままベッドに腰掛ける。

本当に怒涛の1日だった。今まで通りの日常から一変して全てを失った。

…駄目だな。リラックスはできるけど…。

「…涙が止まんないや。」

…立ち直るにはもう少し時間が必要そうだ。




「様子はどうでしたか?」

「んー廊下にも聞こえるぐらい嗚咽しながら泣いてるね。」

相当精神的に辛い目にあったようだ。外傷は見当たらなかったが服、というか装備がボロボロだったのを見るに何らかの攻撃も受けたのだろう。

「外に出て何かしていたようですが、魔法でしょうか?」

「さあね?俺たちもまだこの世界については何も知らないし。装備は所謂魔術師っぽい感じだったけどね。」

「そうなると…今回は"パーティー追放"ということでしょうか?」

「それも本人に聞かない限りは何ともいえないかなー。」

ただ、パーティーを追い出されるだけならあそこまでボロボロになることはないと思うが…。

「…パーティーとかよりもっと大事なのかもね。」

「…そうですね。」

とりあえず明日、一眠りして彼の気が少しでも休めていることを祈るしかない。

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