33~エピローグ~

 開いている窓から、ひらひらと舞う桜の花びらが入ってきた。


 読んでいる本の上に、一枚の花びらが落ちてくる。僕はそっと花びらを手に持ち、ちらりと寝ている愛彩に視線を向けた。

 彼女の周りで、ひらひらと桜の花びらが舞っている。綺麗、と思った。


 死んだように眠っている愛彩。だが心電図モニターがまだ反応しているので、生きていると伝えてくれる。


 愛彩の手首を持ち、指をあててみると、とく、とく、と規則正しい振動があった。

 布団も、一定のリズムで上下に揺れている。


 僕は安心してふっと息を吐いた。


 この確認は、いつもやっていることだ。いつも、常に、愛彩が生きているか心配している。愛彩が亡くなってしまったら、と思うと不安で仕方がなかった。


 夏祭りでの出来事は、いつでも鮮明に思い出せる。


『ありが、と……だい、すき』


 そう言った愛彩の声は、いつまでも記憶に残っている。


 愛彩の意識がなくなったあとに救急車が到着し、愛彩を病院に連れて行った。僕は揺れる救急車の中で、神様に、どうか愛彩を助けてください、と必死に祈っていた。


 星宮さんに電話でこの出来事を事細かく話し、『愛彩のお父さん、お母さんに○○病院に来て、って連絡して』と言ったので、愛彩の両親はすぐに病院にきた。


愛彩は、心肺停止の重体だった。愛彩はもう助からないと、そのとき思った。だが突然、心肺再開した。


 それから愛彩は、こんこんと眠り続けている。

 彼女が目を覚まさなくなってから、もう七ヶ月が経った。窓の外に目を向けると、桜が咲いていた。散りかけの桜。

 もう四月だ。もうすぐで僕達は、高校二年生になる。


 僕は、机に置かれた金魚鉢に目を向けた。中には、元気に泳ぐ金魚がいる。

 夏祭りで愛彩がすくった金魚。名前はなににしようか。愛彩と一緒に考える日が、楽しみだ。


 頬を緩ませていると、こんこん、と病室のドアがノックされる。

 はい、と返事をすると、ゆっくりとドアが開いた。


「やっほー」


 開いたドアから出てきたのは、星宮さんだった。


「こんにちは」


「こんにちはー。愛彩、遊びにきたよ」


 愛彩の手を握る星宮さんの手首には、ピンク色、黄色、藤色のミサンガがついていた。

 愛彩からの贈り物かな。彼女らしい。


 それから星宮さんは愛彩と話をして、習い事があるからと帰っていった。


 静かな沈黙。風の音だけが部屋に響いた。


 毎日病室に通っている日々。


 高校があるときには帰りにここに寄り、一時間ほどしたら帰る。

 休日は、時間が許す限りここにいる。


「愛彩……」


 大好きな彼女の名前を呼んで、手を包み込むように握る。


「目、覚まして……」


 その、瞬間だった。

 愛彩の瞼がぴくりと動いた。

 そして、ゆっくりと彼女の綺麗な瞳が現れる。


「ま、おり……?」


 掠れた小さな声で、愛彩が言った。


「愛彩……やっと」


 俺は愛彩の手をぎゅっと握り、思わず笑みを浮かべた。


「やっと、目を覚ましてくれた――」


 目から、ぽろりと涙がこぼれた。


                                   【完】

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