31~言いたいこと~

 のんびりと歩いている真織と、距離が縮まったとき、私は口を開いた。


「……っ、ま、おり」


 真織を呼んだ私の声は、小さいせいで周りの喧騒に紛れて吸い込まれてしまった。


 私はもう一度、「真織」と名前を呼ぶ。

 それでも、彼には伝わらなくて。だから私は、また彼の名前を呼んだ。


「真織、真織……真織‼」


 精一杯の声を出すと、真織がばっと振り向いた。そして目を見開く。心の底から驚いた顔をしていた。


「真織! 待って、待って!」


 人混みを押しのけ、立ち止まってくれた彼の元へ急ぐ。


「……」


「……」


 気まずい沈黙が訪れる。なにを話せばいいのかわからない。

 でも、なにか、なにか言わないと。必死に思考を巡らせる。


「浴衣、似合ってるね」


 先に沈黙を破ったのは、真織だった。私は俯いていた顔を上げる。


 真織は、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。


 なぜか目に涙が滲む。


「あ……ありがとう、真織も似合ってる」


「そう? ありがとう」


 話題が途切れる。また沈黙。


「あの……。よかったら、一緒に回らない?」


 このチャンスを逃したら、もう一生真織とは会えないと思った。


 真織は一緒目を見開いたが、すぐに「いいよ」と笑顔になった。


「あ、ちょっと待って」


 きょろきょろと辺りを見回す。

 花梨の姿が見当たらない。


【真織くんとのデート、楽しんで♡】


 でも変わりに、そんなLINEがきていた。


「どうしたの?」


 真織が首を傾げたので、私は慌てて「なんでもない」と言い、スマホをしまった。

 そして歩き出す。


「なにか、食べたい物ある?」


 彼が首を傾げた。私は「ううん」と首を横に振る。


「どこかに座って花火の時間まで待とうか?」


「うん」


 私達は屋台から離れた。


 少し歩き、人っ子一人いない場所にきた。ベンチもあり花火も見える場所。


「ここでいい?」


「いいよ」


 二人でベンチに座る。


「金魚、可愛いね」


「うん」


 短い会話を交わす。


 ここは高台にある小さな公園らしかった。

 高芽公園みたいだ。


 木製の柵の向こうには、山と空が広がっていた。

 そして、花火が打ち上げられる。


「始まった」


「うん。綺麗」


 景色を眺める。

 色々な色の、形の花火があるので、見ていて飽きない。


「ごめん」


 花火を見ていると、突然そんな言葉が隣から発せられて、私は振り向いた。

 真織は俯いていて表情は読めないが、苦しそうな顔をしてることはなんとなくわかった。


「無視して、ごめん」


「……」


「実は医者に、もうすぐ死ぬかも、って言われたんだ」


「え……っ」


 私は目を瞠る。


 ということは、つまり――。


「――もしかしたら、愛彩よりも先に死ぬかもしれない」


「うそ……そんな」


 言葉にできない恐怖に襲われる。心臓がばくばくと暴れ出した。


「それで、愛彩と接するのが怖くなったんだ」


 そこで一旦、真織が言葉を区切る。そして深呼吸をしてから、また口を開いた。


「愛彩が、苦しい思いをしたらどうしよう。悲しい思いをしたらどうしよう……それで、愛彩と離れて僕のことが〝友達〟という認識じゃなくて、〝ただのクラスメイト〟って認識になってほしい、って思ったんだ。だから、愛彩と離れた」


 私を無視したのは、そんな苦しい理由があったんだ、と思った。


「でもそのあと、愛彩が高校にこなくなって。僕は取り返しのつかないことをしたんだな、って思った。電話しようと思ったけど、愛彩に『今更なに?』って言われるのが怖かった」


 彼がまたごめん、と謝る。


「私もね、連絡しようと思った。……でも、怖かった。出てくれなかったらどうしよう、って、怖くて、できなかった。真織がそんなに、苦しい思いをしてたのに……。連絡、すればよかった。私の方こそ、ごめんなさい」


 涙が溢れた。真織が優しい笑顔を浮かべて、私の頭を優しく撫でてくれる。


「あのね、私、真織に言いたかったことがあるの」


 私が涙声で言うと、真織が目を見開き、


「僕も、愛彩に言いたいことがある」


 と笑った。


 花火が続々と打ち上がる。


「私、真織が――」


「僕、愛彩が――」

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