29~嬉し泣き~

 八月十三日。花梨が夏休みの宿題を持って、家にやってきた。


 お邪魔しまーす、と言い、彼女は私の部屋に置いてあるローテーブルに宿題を広げた。

 私は一度自室を出て、クッキーやグミなどのお菓子と冷えた麦茶を持ってから戻る。


「あっ、ありがとー」


 花梨がクッキーを食べ始める。


「はあ……。夏休みって、すごく嬉しいけど宿題があるのは嫌だなあ」


「……そうだね」


 麦茶を飲みながら頷く。

 今年は宿題がないので、少し頷きづらい。


「そういえば、来週隣町で夏祭りを開催するんだって」


「へえ……毎年開催してるもんね」


 夏祭りでは屋台がたくさん出て、最後に花火が打ち上げられる大きなお祭りだ。

 八月二十日……ちょうど来週だ。


「もしも誰かと行く約束をしてないなら、私と行かない?」


「うーん……行こうかな」


 約束もしていなかったし、行く予定もなかった私は、小さく頷いた。

 花梨が笑顔になる。


「じゃあ、浴衣を着て五時に駅集合ね!」


「わかった」


 花梨が満足そうな顔をして宿題を始めた。


 私はスマホを手に持ち、カレンダーアプリを開いて二十日に《花梨と夏祭り》という予定を入れた。

 そのとき、八月二十六日の予定が目に入る。


――《余命宣告から三ヶ月》


 私は夏祭りが楽しみで楽しみで、そして不安で仕方がなかった。




 八月二十日。

 下駄を履き、かごバッグを持つ。


「いってきます」


 不安そうな顔で後ろに立っていたお母さんが「何かあったらすぐに連絡して」と眉を下げた。


「もちろん」


「いってらっしゃい。楽しんできてね」


「うん」


 私は笑みを浮かべ、家を出た。


 私は歩くたびにコツ、コツ、と鳴る下駄の音に耳を澄ませながら、最寄り駅へ歩く。


 駅に着くと、浴衣姿の花梨が空を見上げていた。


「花梨」


「あっ、愛彩。わあっ、愛彩可愛い!」


「え、そうかな」


 私は、白の生地に所々にある水色の波紋と、赤い金魚の浴衣。バンブー色の帯。手には茶色のかごと、白の巾着のかごバッグ。

 花梨は薄ピンクの生地に、所々に濃いピンクの小さな花の浴衣。桃色の帯。ナチュラルカラーのかごと、花柄の巾着のかごバッグ。


「花梨も可愛い浴衣だね」


 私が笑って言うと、「ありがとうー!」と花梨も笑った。


「あ、そうだ。花梨に渡したいものがあるの。……」


 私は巾着の中を探る。


「えっ!? ほんと!? ほんと!?」


 花梨が目をきらきらと輝かせる。


「これ。時間をかけて編んだの」


 私が掌に置き、花梨に差し出したのは――。


「――ミサンガ。気に入ってくれたらいいんだけど」


 それは、二ヶ月ほど前から編んでいたミサンガだった。


 色はピンク、黄色、差し色に藤紫。


 ピンク――恋愛、結婚、モテる。

 黄色――金運、勉強、平和。

 藤紫――才能、忍耐、思いやり。


 私なりに、頑張って色を選んで編んだものだった。


「あ……あり、がと」


 花梨はなぜか、泣いていた。


 私は「えっ!?」と声を上げて、おろおろとすることしかできない。


「嬉し泣きだよ」


 花梨が鼻声で言った。そして満面の笑みを浮かべる。格好のつかない、ぐちゃぐちゃな笑み。でもその笑みは、本当に嬉しそうだった。

 気が付くと、私の目からも涙が溢れていた。


「なんで愛彩も泣いてるの……」


「花梨のせいだよ」


「ふふ、ごめん」


 私達のそばを歩く人たちに怪訝な目で見られたが、そんなことは気にならなかった。


 そして泣いて、泣いて、笑って、泣いて、涙が枯れた頃。私達は同時に立ち上がった。


「行こう」


「うん」


 二人で並び、空を見上げる。空は青紫色で、月が控えめに輝いていた。

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