28~手紙~

 八月八日の、お昼頃。

 ピンポーン、と玄関チャイムが鳴った。


「はい」


『清水潤磨、碧の母です』


「あ、碧ちゃんの……」


 私は通話を切り、玄関のドアを開けた。


「初めまして。改めまして、碧と純磨の母の理子りこです」


「初めまして。霞瑞愛彩です」


「愛彩さんのことは、碧から聞いております」


「そうなんですか。……あ、家に上がりますか?」


「いえ。すぐに帰る予定なので」


「そうですか」


「本題なのですが、……」


 理子さんが黙り込む。


 胸騒ぎがした。汗のせいで服がべったりと肌に張り付いて気持ちが悪い。


「……今日、碧が亡くなりました」


 どくどくと心臓が早鐘を打つ。


 私は掠れた声で、「そうですか」と返事をした。


「時間は今日未明です。碧の病気のことは、聞いていましたか?」


「……はい。余命一年と去年言われたんですよね」


「そうです。それで、碧の枕の下に、『愛彩ちゃんへ』と書かれた封筒が置かれていたんです」


 え?と目を見開く。


「手紙、ですか」


「はい。それを、愛彩さんにお渡しできればと思い」


「ありがとうございます……」


 私は軽いけど、世界のどんなものよりも重く感じる封筒を受け取った。


「今日はありがとうございました。これからも、純磨と仲良くしてくださると嬉しいです。では」


「……はい。こちらこそ、ありがとうございました」


 理子さんはぺこりと頭を下げて、振り返らずに帰って行った。


 私はぎゅっと封筒を握りしめ、自室に戻り封筒を開ける。そっと中の紙を取り出した。


〖愛彩ちゃんへ


 この手紙を読んでるってことは、私はもうあの世に行っているのかな。この手紙

 は、愛彩ちゃんに感謝の気持ちを伝えたくて書きました。

 私と遊んでくれて、ありがとう。私と話してくれて、ありがとう。

 感謝の言葉しかありません。

 私はあの世へ行ってしまうけど、愛彩ちゃんには生きてほしい。愛彩ちゃんみたい

 な素敵な人に、私は死んでほしくない。だから、神様に愛彩ちゃんを生かして、っ

 てお願いしておくね。

 本当に、今までありがとう。お兄ちゃんと、仲良くしてあげてください。たまには私のことも思い出してほしいな。先にいって、待ってます。


 碧より〗


 ぽた、ぽた、と紙に涙が落ち、シミを作っていく。字がゆっくりと滲んでいった。


 私は嗚咽を漏らしながら、泣き続ける。


 碧ちゃん。私のほうこそ、ありがとう。私も碧ちゃんに、死んでほしくなかった。生きてほしかった。でも、私なんかじゃ碧ちゃんは救えないから。ごめんね。


 碧ちゃん、碧ちゃん、碧ちゃん。

 ありがとう。

 ごめん。

 私が碧ちゃんの分まで生きるから。だから、安心して。


 彼女のたくさんの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 碧ちゃんは、いつも笑っていた。


 涙が頬を濡らした。きっと――絶対、私は碧ちゃんのことを忘れない。

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