24~ピーマン~

 病院から帰り寝ようとしているところで、スマホに一通のLINEがきた。

 花梨かな、と思いLINEを確認する。


【返事遅れてごめんね。

 オムライス、上達したね。今度、また僕の家にきて、一緒に料理作ろう。愛彩とお

 菓子を作ってみたいな。

 高校休んでごめん。病院に行ってたんだ。明日は行けると思う。愛彩に会えるの、

 楽しみ】


 真織からだった。


 最後の言葉に、自分でも驚くほど胸が高鳴る。

 病気が悪化してしまったのだろうか、と不安になる。


【お菓子、作ってみたい。私も真織に会えるの、楽しみです】


 なぜか最後は敬語になってしまったが、私は少し浮かれながらスマホを閉じた。




「愛彩……、本当に薬、大丈夫なの?」


 スクールバッグを持ち家を出ようとすると、お母さんが心配そうな表情をして声をかけてきた。

 私はドアを開けようとした手を止める。


 私は結局、薬を買わなかった。

 余命が縮むのは、嫌だったから。


 私は笑って「大丈夫」と答える。


「そんなに心配しなくてもいいよ、お母さん」


「……そう。愛彩が言うなら、きっと大丈夫ね」


 お母さんがやっと笑顔になった。


「じゃあ、いってきます」


「いってらっしゃい。気を付けて」


「うん」


 手を振って家を出る。夏の暑い日差しが、背中を焼き付けた。

 夏だなあ、と思う。もう七月四日だ。これからもっと暑くなる。


 私は一度振り返り、夏の朝日を目を細めて眺めてから前を向き、歩き始めた。




 席に着き頬杖をつきながら、窓側の空っぽの席を見る。


 真織……今日も、こないのかな。

 自然とため息が出た。


「――おはよう」


 そんな声が後ろから聞こえたときは、自分でも驚くほどの速さで後ろを振り向いた。


「真織……」


「うん」


「お、おはよう……」


「おはよう」


 真織のいつも通りの笑顔。


「じゃあ、またあとでね」


 私はうん、と頷いた。




「愛彩。一緒にお昼食べよう」


 お弁当箱を持った真織が声をかけてくる。


 私は「いいよ」と頷き、お弁当箱を持って席を立った。


 教室を出て自然と辿り着いたのは、昼の喧騒から遠のいた静かなミサンガ部。

 中に入り、隣り合わせで席に座る。


 いただきます、と手を合わせ、お弁当を開けた。

 お母さんの手作りのお弁当。


「わあ……っ」


 真織のお弁当を見て、思わず声を上げた。


「すごい……! 美味しそう」


「え、そうかな」


「真織が作ったの?」


「うん。いつも自分で作ってるんだ」


「そうなんだ……絶対才能あるよ、真織」


「あはは……」


 真織のお弁当をじーっと見ていると、彼が「少しあげるよ」とおかずをくれた。


「えっ、いいよ、悪いよ」


 私が首を横に振ると、「いいから」と真織がくすくす笑った。

 彼がわけてくれたおかずに目を落とす。


「げ」


 思わず声が出た。顔をしかめる。真織が不思議そうに首を傾げた。


 真織がわけてくれたおかずは、お弁当の王道のだし巻き卵、からあげ、ナポリタン、そして――。


「――ピーマン」


 眉をひそめる。


 私の大嫌いな、ピーマン。

 ピーマンの塩昆布和え。


 すると、真織が小さく噴き出した。


「愛彩、ピーマン嫌いなの?」


 真織が笑いながら訊ねてくる。

 私はこくりと頷いた。


「子供みたい……」


 声を上げて真織が笑った。


 むっとして「うるさい」とそっぽを向いた。


「まあ、食べてみてよ。ピーマンの塩昆布和え」


 真織がくすくすと笑いながらそう言う。

 私は顔をしかめ、恐る恐るピーマンの塩昆布和えを食べた。


「お……美味しい」


 塩昆布のおかげで、ピーマンの苦みが和らいで、とても美味しい。


 真織が「それはよかった」と笑う。


「初めて愛彩とお弁当食べたときを思い出すなあ」


 真織がぽつりとそう呟いた。

 私は「だね」と頷く。


 初めて真織とお弁当を食べた日は、彼のお弁当を見る余裕がなかったなあ。


「愛彩と友達になれて、よかった」


「……私も」


 私が笑みを浮かべると、真織もつられて笑っていた。

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