23~薬~

 七月二日。私は一人で作ったオムライスの写真を撮っていた。

 昨日よりも上手く作れたと思う。


 真織に【またオムライス作った。ちょっと上達したかも】とオムライスの写真を添えて送信した。




 七月三日。月曜日。


 いつも通り駅への道を歩く。

 だが今日は、まだ真織を見かけなかった。言っておくが、私達は一緒に高校に行くことを約束しているわけではない。

 だから、それだけで真織が百パーセント休みとは言えないのだ。


「愛彩、おはよ」


 少し息を切らした花梨がひらひらと手を振る。


「おはよう」


「あれ、真織くんは?」


「わかんない」


「そっかー。一緒に行こ」


「うん」


 花梨と横並びになり、彼女と雑談を始めたのだった。




【どうしたの? 大丈夫?】


 一時間目が終わり、私はスマホとにらめっこをしていた。


 今日は休みだという、真織へのLINEを送るか、送らないか。


 彼の席をちらりと見る。空っぽの席。

 はあ、とため息をついた。


「え、ため息? なになに、どした?」


 珍しく一時間目の予習をしている清水くんが声を上げた。


「……別に。予習に集中しなよ」


「塩対応だなー。休憩くらいいいじゃん」


「いつも休憩してるじゃん」


「くっ……言い返せねえ……」


 私はまたスマホに視線を落とす。


「お、LINE? 送ればいいじゃん」


「今悩んでるの」


「ふーん? ……まあでも、せっかくなら送んねえと!」


 清水くんの手がスマホに伸び、送信ボタンを押した。


「あっ……!」


 思わず声を上げる。


「勝手に送らないでよ! もう……!」


 私が頭を抱えると、清水くんは反省してるようには見えない顔で、「ごめんごめん」と言った。


――そういえば。

 昨日送ったオムライスの写真にも、既読がつかなかった。




「愛彩」


 家に帰って母お手製のクッキーを食べていると、お母さんが声をかけてきた。


「なに?」


 私はクッキーを飲み込んでから首を傾げる。


「……明日、病院に、薬を貰いにいきましょう」


 怪訝に思い、眉をひそめる。


 沈海病は、治療法のない病。もちろん薬もない。


「沈海病って、薬、あるの……?」


「いいえ、ない。……でもね、延命はできるの」


 お母さんの言葉に、目を見開いた。うそ、と唇が動く。

 〝開いた口が塞がらない〟とはこういうことか、と思った。


「……どうする?」


 私は少し悩んでから、小さく頷いた。




「――愛彩さんは、この延命の薬を服用することに同意しましたね?」


 唐突に医者に話を振られ、私は「へっ」と声を上げた。


「愛彩さんは、薬を服用することに同意しましたね?」


 医者の言葉に黙り込む。


 私は別に、同意したわけではなかった。

 断る理由がなかったから、頷いただけ。


 医者がまた口を開いた。


「この薬は、余命が縮む可能性もあるんです。それでも、服用することに同意しますか?」


 本当に、真剣な表情をしていた。

 私は言葉を返すことはできずに、医者を見つめ返す。


 この薬は、余命が伸びる可能性もあるし、余命が縮む可能性もある薬。


「わ、たしは——」


 自分がどうしたいのか、よくわからなかった。

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