17~碧色~
そして、その日の夜だった。
――ご飯が、喉を通らない。
ご飯を食べようと思うと喉から何かがせり上がってくる感覚がして、食べることができなかった。
確実に、沈海病が進行していた。
今日のお昼は、普通に食べれていた。真織と清水くんと、いつもより美味しいお弁当を食べた。
湯気が上がる夕飯が、全く美味しそうに感じない。どこか違う次元の食べ物に感じて、初めて食べ物に恐怖が沸いた。
私は「ごめん。食欲があんまりないから。もう寝るね」と言って、自室にこもった。
お父さんとお母さん、お姉ちゃんが「大丈夫?」と声をかけてきたが、私は「大丈夫」と小さな声で答えた。
そしていつも通り、私は眠れない夜を明かした。
六月二十三日。明日は二十四日で、リオマに行く日。
一階に下りると、お姉ちゃんが朝ご飯を作っていた。
ぼーっとする頭で、「おはよう」とお姉ちゃんに声をかける。
「おはよ……って、愛彩……」
お姉ちゃんに肩を捕まれる。
「びょ、病院行こう! ね?」
へ?と間抜けな声を私は上げる。
「お父さん、お母さん!」
そうしてお父さんとお母さんが起き、私は強制的に病院に連れて行かれた。
腕は点滴に繋がれていて。
私はぼーっと自分の腕を見ていた。
今私は、点滴から栄養を取っている。
窓の外には、緑色の葉を身に纏う木々。葉が風に揺れていた。
ここは小部屋の病室。ここには中学生、高校生女子が三人――私を入れて四人――入院している。
でもこの病室には比較的静かな子が多いので、そこまでうるさくない。
「愛彩ちゃん」
隣のベッドとの仕切り――カーテンを開け、女の子がひょっこりと顔を覗かせた。
彼女は私と同い年の
童顔であり、しかも子供っぽい性格らしい。中一の十二歳。三歳年下だ。
「なにしてるの?」
碧ちゃんが私の手元を見て、首を傾げる。肩の上で切り揃えられた髪の毛が、その拍子に揺れる。
私は今、久しぶりにミサンガを編んでいた。
「ミサンガ。刺繍糸を編んで、できあがったものを手首とか、足首につけるお守り」
私が自分の手首についたミサンガを見せると、碧ちゃんが「へえ!」と目を輝かせた。
思わず可愛い、と思う。
「私もミサンガ、編んでみたい」
「じゃあ、やってみる?」
「え、いいの?」
「もちろん」
「じゃあ編んでみたい!」
碧ちゃんがパイプ椅子に座る。
「まずは好きな色、選んで」
「わかった」
刺繡糸がたくさん入ったケースを碧ちゃんに差し出すと、彼女は「わあっ」と声を上げた。
少しして、碧ちゃんが「これとこれ」と二色の刺繡糸を私に見せた。
たしか――。
「――赤色と、
「へきしょく?」
彼女が首を傾げる。
「うん。じゃあ、編もう」
「うん!」
そして編み方を教えると、時々失敗しながらも碧ちゃんは編んでいた。
碧ちゃんの手が、意外と小さいことに気が付いた。
今思えば、体も小さい。
「じゃあ、続きは明日ね」
碧ちゃんが作ろうとしている半分ほどが完成したところで、彼女にそう声をかけた。
彼女のミサンガは、まだ途中だがとても綺麗だった。
すると彼女は、「ええ」と顔をしかめる。
「ほら、もうすぐお昼でしょ?」
私は苦笑しながら時計を見る。
「そうだね……。明日、また教えてね。約束だよ!」
「うん。約束」
そして指切りげんまんをして、碧ちゃんは嬉しそうな顔をしながら自分のベッドに戻った。
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