15~席替え~

「……寝れない」


 ベッドに寝転がる私が呟いた一言は、闇に飲み込まれていく。

 枕元の明かりは消えていて、カーテンの隙間から月明かりが漏れていた。


 なんだか孤独感を感じる。

 隣には、帰省を一週間延ばしたお姉ちゃんが寝ていて、隣の隣にはお父さんとお母さんが寝ている。

 なのに、ひどく孤独だ。


 寝れない。

 あの日――リオマに行った次の日から、寝れなくなってしまった。


 私はスマホを手に取り、時間には見て見ぬふりをして写真アプリを開き、一枚の写真を選択した。


 真織の料理。和風定食。


 二十四日が楽しみだ。




 結局、寝られずに朝を迎えた。


 はあ、とため息をつく。


 スマホを見ると、六月二十一日。


 そしてぼーっと天井を見上げていると、階段を下り一階で物音がしたので、のろのろと起き上がって一階に下りる。


 お姉ちゃんが朝ご飯を作っていた。


「あっ、愛彩。おはよう」


 お姉ちゃんは寝られたのかな。夜に物音はしなかったから、寝れたんだろうな。いつも通り。ぐっすり。


「おはよう」


 笑みを浮かべる。


「え、愛彩……ちゃんと寝てる?」


 私の濃くなった隈を見たお姉ちゃんが目を見開いた。


「うん……」


「ちょっと、病院に行ったほうが……?」


「ううん、大丈夫……。ちょっと考え事してたら、寝れなくなっちゃっただけ」


「そう……なにかあったら、絶対に言ってね。絶対よ」


「……うん」


 私は曖昧に笑い、キッチンを離れた。


 お父さんとお母さんにばれないように、そして――真織にばれないように、しないと。

 心配して、私を病院に連れて行こうとする未来が目に見えていたから。




「おはよう……あれ?」


 私を見た真織が、不思議そうに首を傾げる。

 おはよ、と小さく真織に返した。


「愛彩……お化粧、した?」


 びくりと肩を震わせる。


 お父さんとお母さんが起きてくる前に、隈を隠すためのお化粧をした。お母さんのお化粧を借りた。こっそりだ。


 起きてきたお母さんに、「……化粧したの?」と訊かれたので、「してみたかったんだ」と笑って誤魔化すと、「そう。ほどほどにね」とお母さんは納得してくれた。


 私は笑みを浮かべ、こくりと頷く。


「ちょっと、お化粧してみたかったから……。変かな」


「ううん。似合ってる」


 よかった、と安堵した。


 でも、完全に隠しきれているわけじゃない。油断は禁物だ。


「……そういえば今日、席替えがあるらしいね」


「へ? そうなの?」


 真織の言葉に、私は目を見開く。


 ということは、つまり。


「真織とは席、離れちゃうかもしれないんだね……」


 うなだれていると、真織が苦笑いした。

 困らせちゃった、と少し焦る。


「離れちゃっても、休み時間とか話そうね」


「うん」


 彼の言葉に、私は嬉しくなりながら笑って頷いた。




 最悪だ。


 腰を下ろした席で、私は重いため息をついていた。


 私はくじ引きで、廊下側一番後ろの席があったった。

 また一番後ろ。


 まあたしかに一番後ろは好きだが、真織の近くなら真ん中の席でもよかった。


 対して真織は、窓側の一番前。


 ……正反対だ。


 またため息がでた。


 俯いていると、左隣に誰かが座る音がする。


「おっ、隣女子かー!」


 隣から明るい声が降ってきた。


 ちらりと視線を向けると、太陽みたいな明るい笑顔。太陽みたいな明るい声と、笑顔。


 黒髪は廊下からさす光に反射して、きらきらと光っていた。


「俺は清水きよみず純磨じゅんま! 成績優秀、スポーツ万能……と、言いたいところだけど、成績まあまあ、スポーツまあまあなんだよな……」


 名前を言うところまではうるさいほど元気な声で喋っていたのに、後半はしょんぼりとした声をしている。


 お調子者キャラだな、と思った。


「ふうん……」


 私は小さく頷く。


 うるさい男子が隣になったな、と思う。


「お前は?」


 お前……。


 いきなりのお前呼びにぞっとした。


「あっ、ごめん。つい、いつもの癖が……君は?」


「私は霞瑞愛彩」


 私がぽつりと言うと、彼は「霞瑞愛彩……」と私の名前を反芻する。


「オッケー、霞瑞な。次の席替えまでよろしくー」


「よろしく……」


 次の席替えではなく、三ヶ月後、だけどね。


 そして、不意に気が付いた。


――もうすぐ、あの日から一ヶ月が経とうとしている。

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