8~連絡先~

「ただいま」


 家に帰ると、キッチンで洗い物をしていたお母さんが「おかえり」と微笑んだ。


「ねえ、お母さん」


 私はスクールバッグからお弁当の包みを出す。


「どうしたの?」


「このお弁当の包み」


 空になったお弁当箱をお母さんに差し出しながら口を開いた。


「なんて色か、知ってる?」


 そう訊ねると、お母さんは少し首を傾げて、「ああ!」と声を上げる。


「薄紅って色だったと思う」


 薄紅。やっぱり、と嬉しく思う。


 私はお母さんの言葉に満足して、ありがとう、とお礼を言いながら階段を上った。




 今日は六月四日。日曜日。

 昨日は家でミサンガを編んで過ごした。最近はあまり編んでいなかったので、花梨へのミサンガが完成していなかったのだ。


 今日は近くのショッピングモールへ行き、文房具屋で消しゴム、鉛筆などを、服屋で夏服を調達しに行く。




 十分ほど歩き、ショッピングモールに着いた。


 息苦しさを覚え、休憩用のソファーが置いてあったためそこに座り、深呼吸をする。


 疲れたのかもしれない、と思い、目を瞑る。

 心臓がうるさい。


 落ち着け、落ち着け、と深呼吸を繰り返す。


 少しして息苦しさはなくなり、私は目を開ける。

 けほっ、と咳が出る。


 あ。


 沈海病の初期症状――息苦しさ 


 今の咳、もしかしたら……。


 私は不安を胸に、ソファーを立ち、文房具屋へ向かった。




「あ、可愛い……」


 桃色のカバーがかかった消しゴムを見つけ、思わず手に取る。

 そして籠に入れた。


 もう買うものはないかな、と思う。


 消しゴムは、まだ高校に行きノートをとれるから、必要。

 ほかの物は、いつか……死ぬから、いらない。


 私はお会計をして、文房具屋を出た。


 周りのお店を眺めながら歩いていると、雑貨屋で見覚えのある茶色がかった髪の毛を見つけた。

 驚いて立ち止まる。


 真織だ。真織が雑貨屋で商品を見ながら歩いていた。


 私は彼に見つからないようすぐに立ち去る。


「あっ、愛彩」


 げ、と心の中で顔をしかめる。

 見つかった。


 真織は嬉しそうに私に駆け寄る。


「こんにちは」


 いつもの挨拶。

 私はうん、と小さく頷くだけ。


「愛彩が来てるとは思わなかった」


 真織がふふっと笑う。


「もうすぐお昼だから、一緒に食べない?」


 私は「いいけど」と小さく呟く。彼は「やった」と嬉しそうに言い、


「どこで食べる?」


 と訊ねてきた。


「どこでもいいけど……」


「じゃあ、二階にあるイタリアンレストランに行こうか」


 真織が首を傾げる。さらりと茶色がかった髪の毛が揺れた。

 私はいいよ、と返事をして、エスカレーターを上った。




「あ、そうだ」


 食事を待っている途中、真織がそう言ってスマホを出した。


「連絡先、交換しない?」


 えっ、と目を見開く。


 いやだ、とは言えずに私もスマホを出し、連絡先を交換した。


「これでいつでも連絡とれるね」


「……そうだね……」


 スマホを見ると、【魁 真織】と表示された連絡先がある。


 私はお父さんとお母さん、祖父母、花梨としか連絡先を交換していないので、少ない連絡先に真織の連絡先が入ってきて少し嬉しかった。


 食事がきて食べ始める。


 私がナポリタン、真織が明太子パスタ。


 とても美味しかった。


「じゃあ、また明日ね」


 食事を終えて真織と別れ、私は一人夏服を買いに服屋に向かった。

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