4~仲~

「ねえ」


 授業が終わった瞬間、彼が私に声をかけた。


「……なに……」


 正直鬱陶しいと思いながら答えた。


「友達に、ならない?」


 彼の言葉に私は一瞬目を見開き、すぐに表情を戻す。なるべく冷たい人を演じて、低い声で、なんで、と訊ねた。


 君はいずれ死ぬんだよ、と言わんばかりに少し息が苦しくなった。


 そうだ、私はいずれ死ぬんだ。話しかけないで。花梨以外の友達は作らず、クラスメイトには悲しまれず、ひっそりと死にたい。


「……私はあなたと、仲良くなりたくない」


 そう低く言い放った。


「別に友達が欲しいとは思ってないし、失礼だから。話しかけないで」


 きっと彼は傷つき、私に話しかけるのをやめるだろう。私と親しくなるのを諦めるだろう。


――だが、彼は私のそんな期待を裏切った。


「僕は君と、仲良くなりたいんだ」


 そんな彼の言葉に、私はまた驚いて彼の目を見つめる。


 彼はいたって真剣な顔をしていた。

 彼の目に冗談の色は感じられない。


「……好きに、すれば」


 私はそう言って、席を立った。


 きっと彼は、私がどうもがいても私と親しくなろうとするのを諦めないだろう。

 そう思ったから。


 そして私は教室を出た。




「愛彩さん」


 ショートホームルームが終わり荷物をまとめていると、不意に名前を呼ばれて横を見た。

 彼がじっと、こちらを見ている。


「愛彩さんは部活入ってる?」


「……入ってる」


「どこ?」


 彼が小さく首を傾げた。


 言えば彼も同じ部活に入ることは簡単に想像できたため、「別に」と答え、スクールバッグを持ち教室を出た。


 廊下を歩く。その先に友達と話をしている花梨を見かけた。


「あ、愛彩ー!」


 私に気づいた花梨が振り向き、笑顔で私の名前を呼ぶ。


「花梨」


「愛彩、今日部活だっけ?」


「うん」


「そっか、じゃあまた明日」


「また明日」


 花梨に手を振り一階に下りる。


 下駄箱を通り過ぎ、ある空き教室に入った。

 いつも通り、空き教室はしんと静まり返っている。


「あ、霞瑞さん」


 そしていつも通り、空き教室で黙々と作業をしている一人の女子が顔を上げた。


「今日はなに描いてるの?」


 彼女の名前は斎藤さいとうつむぎさん。一年A組——私は一年C組——の女の子だ。


 彼女はいつも絵を描いている。


「昨日行ってきた東京スカイツリーからの景色です」


「え、スカイツリー行ったんだ」


「はい」


 彼女がこくりと頷く。


 私は小さく微笑み彼女の隣に座る。

 糸を取り出し、ゆっくりとミサンガを編んだ。


 ここは〝ミサンガ部〟といって、私が作った部だ。

 ほかにも部員は何人かいるが、幽霊部員になっている。今活動しているのは私と斎藤さん、そして部長だけ。

 と言っても、斎藤さんはミサンガはできなくて絵を描いている。でも部長が『しょうがないなあ』と許しているので、斎藤さんはずっと絵を描いているのだ。


 私は前に、『斎藤さんはそんなに絵が上手いんだし、美術部に所属すればよかったのに』と言ってみた。だが彼女は小さく微笑んで、『絵は誰にも注目されずにひっそりと描き続けたいから』と言っていた。『ミサンガも編んでみたかったんだけど、私には無理だから……』とも。確かに彼女はこのミサンガ部に入っているものの、最初に失敗してそれっきりだった。


――そういえば。


 私はあることが気になり、スマホを取り出す。


 検索エンジンに【沈海病】と、打ち込み、一番上の記事をタップした。


【沈海病の症状 初期――息苦しさ、咳 中期――食欲不振、不眠 末期――倦怠感 呼吸困難】


 私はたまに息苦しくなるだけなので、まだいいほうなのだろう。咳もないし、食欲もある。


【沈海病の治療法はなく、生きた者もいない。約五万人に一人の確率で沈海病にかかる】


 【生きた者はいない。】という文で少し怖くなり、私はスマホをスクールバッグにしまった瞬間、教室のドアが勢いよく開いた。


「ごめん、遅れた!」


 部長が飛び込んでくる。


「友達に捕まっちゃって……」


 彼女は困ったように眉を下げて、スクールバッグを椅子に置いた。


 彼女は三年A組の宮本みやもと優里ゆりさん。この〝ミサンガ部〟の部長。


「いやー、やっぱり愛彩ちゃんはミサンガを作るのが上手だね」


 宮本さんが私の手元を見て笑う。


「いえ、まだまだです」


 私は今、花梨へのミサンガを作っている。

 色は花梨の好きな色——ピンクと黄色だ。そして差し色に藤紫。


 花梨へのプレゼントだ。


 小さくため息をつく。


 前まではミサンガを編んでいると、周りが見えなくなるほど集中していた。

 だが最近は、ミサンガを編んでいても集中できない。

 なぜか。答えは簡単。


――常に、頭が〝死〟という言葉にとりつかれているから。


 死ぬのは怖い。

 でもこの恐怖に怯えるのはもっと怖い。

 だから自殺しようと思ったのに、あの男の子に止められた。


「どうしたんですか?」


 私のため息に気づいた斎藤さんが心配そうに首を傾げる。


「あっ、ううん!」


 私は笑みを浮かべ、首を横に振った。


 このことは、ばれてはいけない。死ぬまで隠し通すと決めたのだ。だから、いつも通りに過ごさないと。

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