3~転校生~

 結局私は自殺をせずに、六月二十九日になった。


 またいつも通りの登校。


「あっ、花梨!」


 前に花梨の姿があったので、私は彼女に駆け寄る。


「えっ、愛彩⁉」


 花梨が私のほうを振り向き、目をこれ以上にないくらいに見開く。


「おはよう」


 私はなんでもないように笑う。


「えっ、あ、大丈夫⁉」


「うん、大丈夫」


 花梨はびっくりしたあ、と肩を撫でおろす。


「実は、ね」


 親友——花梨には話した方がいいと思い、私は沈海病という病気になったこと、余命三ヶ月ということ、そしていつも通りに接してほしいこと。


「そう、なんだ」


 花梨は悲しそうに笑っていた。


「わかった! じゃあ、いつも通りに接するから、愛彩も楽しく過ごして!」


 彼女はいつも明るく、優しく接してくれる。

 私はそんな花梨が大好きだ。


「ありがとう」


 そして私達は、駅へ歩き始める。

 目の前には、雲一つない真っ青な空が広がっていた。




「今日は転校生を紹介する」


 担任が教室に入ってきて唐突にそう言った。


「来い」


 そして教室に入ってきたのは。


「あの日の……男の子?」


 思わずそう呟くが、私の声は周りの声でかき消される。


 教室に入ってきた彼は、柔らかい笑顔を浮かべて口を開いた。


「初めまして。僕はさきがけ真織まおりです」


 そう言って彼は黒板に『魁 真織』と書く。


 さきがけとは珍しい苗字だな、と思った。


「T県から引っ越してきました。よろしくお願いします」


 彼が礼儀正しく頭を下げる。


「じゃあ魁は……ああ、あそこだ。あの空いてる席に座れ」


 担任が指さしたのは、私の隣。えっ、と声を漏らす。


 一週間ほど前に隣の席の女子が引っ越した席。一人で気楽だな、と思っていたのに、隣の席に誰かが座るだなんて。聞いてない。しかもよりによって、縁がありそうな男の子が。


 最悪だ、と思う。


 三ヶ月すれば私は死ぬ。新しい友達を作る気はなかったので、隣に誰かが座ることにはならないでほしかった。


「わかりました」


 彼が私の隣に座る。

 私は気まずさに視線を窓の外にずらす。


「よし、じゃあ静かにしろ。授業を始めるぞ」


 そうして、隣に彼が座る私の三ヶ月が始まった。




「ねえ、魁くん、だっけ?」


 休み時間になり、さっそく彼の席に人が集まってくる。

 私は移動できずに、机の中からミサンガを取り出して黙々と編む。


「魁くん、彼女いる?」


 一軍女子の中野なかのさんがいきなりぶっ飛んだ質問をする。


「いないよ」


 彼は平然と答えていた。


「えー、魁くんかっこいいから絶対モテるよ! そうだ! 私が彼女になってあげよっか?」


 中野さんがにやにやと笑う。


「ううん、大丈夫」


 彼のほうに視線を向けると、にこにこと微笑みを浮かべていた。


 なんだか不思議な子だな、と思う。


 少し茶色がかった柔らかそうな髪の毛。澄んだ瞳。筋の通った鼻。女子顔負けの、白いできもの一つない肌。


 綺麗な男の子だな、と思った。


 やがて休み時間が終わり、授業が始まった。


「——こんにちは」


 教科書を開いていたときだった。


 不意に彼が私に笑みを向けて話しかけてきた。


「え?」


 怪訝に思い眉をきゅっとひそめる。


「この前、会ったよね?」


 彼の問いかけにこくりと頷く。


「僕は魁真織。よろしくね」


「……よろしく」


 授業が始まっているが、彼はそんなことは気にしていないようだった。


「君は?」


「私は……霞瑞かみず愛彩」


 そう呟き、前を向こうとする。


「自殺、しなくてよかった」


 そんな彼の呟きに、私は再度彼のほうを見た。


「……そう」


 そして私は次こそ前を向き、教科書に視線を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る