2~出会い~
今日は入院することになった。
お母さんが着替えと糸を持ってきた。
糸は私の暇つぶしのため。
私はミサンガを作るのが好きのだ。無心になれるから。
赤は情熱、勇気、仕事、勝負。
ピンクは恋愛、結婚、モテる。
オレンジは希望、パワフル、笑顔。
黄色は金運、勉強、平和。
黄緑は友情、優しさ。
緑は癒し、健康、和み。
水色は美しさ、爽やかさ、笑顔。
青はリラックス、浄化、勉強。
紫は才能、忍耐、思いやり。
茶色は家庭。
灰色は仕事。
黒は意思、魔除け。
白は健康、落ち着き。
ミサンガを編むのが好きで、小三の頃に色の意味を覚えた。
今日は白とオレンジで作ろうと思う。
白は健康と落ち着きで、オレンジは希望とパワフルと笑顔。私は健康と希望がほしかった。
糸を取り出し、黙々とミサンガを編んだ。
三十分ほど経ち、私は完成したミサンガを左手につけた。
ミサンガにはつける場所にも意味があるが、そんなことはどうでもよかった。
私は沈海病と余命のことを思い出し、布団に潜った。
あと三ヶ月もすれば、私の命が尽きてしまう。
私はぎゅっと布団を握り、浅い眠りについた。
次の日、退院をした。
入院をして延命をするか――延命といってもせいぜい一週間ほど――、家に帰り、自由に暮らすか。私は家に帰るという選択肢を選んだ。悔いを残して死にたくはなかったから。
お父さんの運転する車に乗り、家に帰った。
今日は五月二十七日の土曜日。
二十九日から高校にまた通い始める。
余命三ヶ月とばれないように、いつも通りに通うことになった。
もちろん担任と保健室の養護の先生には病気のことを言っておく。
ため息が出た。
昨日からずっと憂鬱だった。
自分が思ったよりも、沈海病、余命三ヶ月という事実にショックを受けていた。
私は、死ぬんだ。三ヶ月後には、私の命は尽きる。
そんな言葉が、私の頭をぐるぐると回った。
気をそらすため、私は窓の外に目を向ける。
沈んでいる表情の私が窓に映っていた。
家に帰り、自室の私はベッドに倒れこんだ。
〝死〟という言葉が頭を埋め尽くす。
沈海病。余命三ヶ月。死ぬ。
「じ、さつ……」
自殺。
そんな言葉が横切った。
自殺すれば、病気で苦しんで死ぬことがない。
こんな悲しさ、苦しさを味わうこともない。
どうせ死ぬんだったら、今死んでもいいんじゃないか。
そんなことを思った。
「そう、だ、自殺……」
首吊り? 首吊りなら自室でもできる。
どこか高いところから飛び降りる? 飛び降りるなら、ベランダからでもできる。
自傷? 包丁で自分の心臓を刺すか。でも苦しんで死ぬことになるだろう。
溺死? この辺りに川はないし、お風呂場ですると、親に迷惑をかけてしまう。
断食、断水? でもそうすると、親が心配して病院に連れて行かれることがあるかもしれない。
駅、線路に飛び込む? ああ、でも私が死ぬ瞬間を見た人に心的外傷を負わせてしまうかもしれない。
ならば首吊り自殺か、飛び降り自殺。
――そういえば。
近くに、高台にある公園があったはずだ。
小さい頃よく遊んだ公園だった。
物心ついた頃から、お父さんとお母さんと遊んでいた。
小学生の頃、花梨とよく遊んでいた。
中学生の頃、一人で散歩がてら来ていた。
思い出のある公園。
そうだ、家のベランダで死ぬくらいなら、あの公園で死のう。
私は適当な服に着替え、私は玄関へ向かう。
「愛彩? どこに行くの?」
お母さんが心配そうに眉を下げて言った。
「散歩に行ってくる」
気を付けてね、と言うお母さんの声を背中に受け止め、家を出た。
私は俯きながら歩く。
十分ほど歩き、公園に着いた。
公園の入り口に、高芽公園と書かれた看板がたっていた。
公園に入る。
すぐのところに緩やかな坂があり、それを上る。そしてそこに、柵がたち、待を眺められる景色がある。
「綺麗……」
暖かい空気が通り抜ける。
そして私は今日、自殺する。
自殺するのに、不思議と恐怖はなかった。
もう三ヶ月後の恐怖に、怯えることはなくなるのだ。
自嘲的な笑みがこぼれる。
「こんな、毎日を過ごすくらいなら……」
そう呟いた。
そして、私は飛び降りる。
柵に、手をかけた時だった。
「——待って‼」
突然、後ろから声がした。
驚きながら振り向くと、必死な形相でこちらに走ってくる男の子。私に追いつくと、手首を強く掴まれた。
「え……誰?」
私は唖然としながら訊ねた。
「なんで……なんで自殺しようと……!」
彼は必死な顔をしていた。
私は何も言えずに黙ったまま。
「駄目だ‼」
私は怪訝に思い、眉をひそめる。
なんなの急に。なにも知らない男の子が。私のことなんて、なにも知らない男の子が。
すると彼ははっとしたように目を見開き、そっと私の手を離した。
私はじんじんと痛む手を反対の手で押さえる。
「ごめん……」
彼は反省しているのか、俯いてぽつりと呟いた。
そして私はまた眉をひそめ、なにも言わずにこの場を立ち去る。
「あ、ごめん。……でも、自殺はしないで」
彼は私を追うことはせず、「君の自殺のせいで、傷つく人がきっといるから」と私の背中に向かって続けて言った。
私は振り向くことも立ち止まることもせず、彼に聞こえるかわからない小さな声で「わかった」と言い、高芽公園を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます