1~余命宣告~

「いってきます」


 そう言って家を出た。


 階段を降り、エントランスを出て見慣れた道を歩く。


 空を見上げる。

 もうすぐ六月だ。まだ肌寒い時期。

 周りにある木は緑色の葉っぱが彩っている。ついこの前まで桜が咲いていたのになあ、と思った。桜が咲いている時期はあっという間に終わる。桜は尊い花だ。


愛彩あや、おはよー」


 後ろからぽん、と肩を叩かれる。


「おはよう」


 私の横に並び、にこにこと笑っているのは幼稚園の頃からの幼馴染の星宮ほしみや花梨かりん。花梨はクラスの人気者。


「いやあ、もう六月だねー」


「そうだねえ」


 私と同じことを思ってるな、と思いながら花梨の言葉にこくりと頷く。


「そういえば昨日、塾の帰りに野良猫見つけたんだー」


「へえ」


「それで、猫ちゃーん、って呼んでみたけど、逃げられちゃった」


「そっか」


 私は上手く相槌を打つのが苦手だ。

 だから私は、花梨以外の友達ができたことがない。でも私は、彼女がいればいい、と思っている。

 花梨が私に様々な話を振り、私が短く相槌を打つ。それがいつものことだった。


「それでね……」


 彼女の話は面白い。

 天気の話、道に咲いていた花の話、家族の話、テレビの話。色々なことをいつも話していて、花梨はとてもお喋り。だから彼女はクラスの人気者だろうな、と私はよく思っている。


 最寄り駅に着き、電車に乗る。二つ隣の駅に着けば高校があるのだ。


 その間も私が退屈しないようにか、花梨が面白い話題を見つけては話して、私が下手な相槌を打っていた。


 目的地の葵月あおいづき駅に着いた。


 そして五分ほど歩いて高校に着き、私達は上履きに履き替え教室に入る。


 「おはよう」とクラスメイトが私達の方を見て口々に言う。正しくは花梨を見て、だが。

 花梨は「おはよう」と笑顔で返している。


 教室で花梨と別れた。彼女は前の方の席で、私は一番後ろの隅の席。一週間ほど前に隣の席の女子が引っ越して、隣には誰も座ってこない。一人は気楽だ。前の席のクラスメイトも私に話しかけてこない。


 人付き合いは苦手だ。

 他人の顔色を窺い、必要以上に色々と考えてしまって疲れてしまうからだ。もちろん花梨は別。


 ふぅ、と小さく息を吐き、スクールバッグの中身を机に移す。


 頬杖をつきながら窓の外を眺める。真っ青な空と、所々にある雲。綺麗な空。


 私は自分の人生を、楽しいと思う。

 確かに私の人生は平凡だ。でも、落ち着く、問題の無い、代り映えの無い毎日。そんな人生も悪くはないと思っている。


――その時だ。


 急に息が上手く吸えなくなる。

 私は必死に息を吸う。けれど、息が苦しくなるばかり。


 クラスメイトが私を見ている。花梨が「大丈夫⁉」と言って駆け寄ってきた。


 そこで、私の意識は途切れた。




 目を覚ますと、白い天井が目に入った。


 え、と混乱しながら横に視線をずらすと、目を見開いてこちらを見ているお父さん。


「お、とうさん……?」


「愛彩、目を覚ましたのか……!」


 お父さんが目に涙を滲ませている。


「うん」


 頷くと、「よかった」とお父さんが優しく笑った。


「お母さんは……?」


「母さんは今、お医者さんと話しているよ」


 そうなんだ、と頷き、私は目を閉じる。


 そういえば私、教室で息が苦しくなって、それで……。ああ、そうだ。意識を失ったんだ。


 すると、お母さんが顔を真っ青にして病室に入ってきた。


「あ、や」


 お母さんは私を見て、涙をこぼす。

 お母さんがお父さんに何かを知らせていた。


「そうか」


 そう言って、お父さんが俯く。


「どうしたの?」


 嫌な予感がした。


「愛彩は、愛彩は……」


 お父さんが口を開いた。


「愛彩は、沈海病ちんかいびょうになってしまったんだ……」


「……え?」


 聞いたことのない病名に首を傾げる。

 でも、深刻な病気だということはわかった。


「そして……」


 お父さんが俯く。手が震えていた。


「――余命宣告をされた」


 余命宣告。

 そんな言葉、テレビでしか聞いたことがない。


「余命は、……三ヶ月」


「三ヶ月」


 頭が真っ白になって、目の前が真っ暗なった。


 三ヶ月なんて、あっという間じゃないか。


 くらりとめまいがする。


「これからの生活は、好きにしなさい。高校はやめてもいいし、旅に出てもいい。愛彩の好きにして、悔いのないように、残りの時間を過ごすんだ」


 お父さんの言葉に、私は俯きながら「わかった」と小さく答えた。


 今日は五月二十六日。

 私にはもう、時間がない。

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