第12話
目を開けたときには、すでに窓の外は明るくなっていた。
ノアは目をしばたたき、寝返りを打とうとしたところで、すぐ隣で眠るDDの姿に気づいた。
……そうだ、ゆうべ、ようやく彼女と……。
ノアは深く満足げなため息をもらし、肘をついてDDの寝顔を見つめた。胸に愛おしさがこみ上げてくる。
DDは美しいだけでなく、愛情あふれる人だ。時間はかかったとはいえ、それに気づいてほんとうによかった。彼女こそが、ぼくの〝運命の人〟にちがいない。
ノアはDDの豊かな髪に指を通しつつ、その穏やかな寝顔に見入った。
美しくきめ細やかな肌、ゆるやかなカーブを描く眉毛、長く、濡れたように艶やかなまつげ、白くなめらかな首筋……
ノアは陶器のようなデコルテでしばし視線をさまよわせたあと、戸惑いがちに手をのばし、DDの胸元を隠していたシーツをそっと引き下ろした。
白く豊かな乳房が露わになる。ノアはこらえきれず、その薄紅色の頂点を口にふくんだ。
「……ん?」
DDが身をくねらせ、大きくのびをしたあと、ゆっくり目を開いた。その目が自分の乳房のすぐ上にあるノアの顔を捉えると、はっと息をのむ。
「ノア……」
「おはよう」
ノアは笑みを浮かべると、DDのからだの上を滑るようにして顔を近づけ、彼女の唇にキスをした。
「おはよう、ノア。ところで、わたしの上でなにをしているのかしら?」
DDがまゆを一本吊り上げ、たずねた。
「うーん、なんだと思う?」
ノアはふたたびからだを滑らせて下ろし、DDの乳首に口づけした。
「あっ……もう、ノアったら。今日、仕事は?」
「休みだ」
「ほんとうに?」
「休みにする」
「そんないいかげんな――あっ!」
ノアの舌が乳首からみぞおちあたりへ移動し、へそを通過したあと、さらに下がっていった。
「ノア!」
「なんだい?」
「やめて」
そういいながらも、DDはノアの髪に指を絡め、艶やかな巻き毛をいじりまわしていた。
「本気?」
「ほん……き……あっ、ノア!」
ノアの頭がさらに下がり、その舌先がDDの秘部を探り当てた。
もはやDDの口からもれるのは、あえぎ声だけになっていた。その声がどんどん高まっていく。
「ノア!!」
極みに達すると同時に名前を呼ばれ、ノアはさらに欲望をかき立てられた。
彼はすばやくDDとからだを重ね、温かく潤った彼女の中へと、深く深く、自身を沈めていった……。
信じられない。このわたしが、あんなにも激しく燃え上がるなんて。
その日、昼過ぎまでノアと何度も愛を交わしたあと、ようやく彼と別れて自室に戻ってきたDDは、洗面所の鏡の前で自身の姿をまじまじと見つめた。
愛を交わしながら、ノアは幾度となくDDの美しさを称えてくれた。
DDは鏡に映った自分の顔に手を当てた。
わたしは、ノアにあそこまで称えられるほどの女なのだろうか? あんなに激しく、そして幸せなひとときを過ごすだけの資格が、このわたしにあるのだろうか?
それまで、自分はどうせ幸せにはなれない、と決めつけていた。幸せになる運命にはないのだ、と。
でも……。もしかしたら……。
こんなわたしにも、幸せが、ほんとうの幸せが、めぐってきたのかもしれない。少なくとも、ゆうべのわたしたちのあいだにあったのは、欲望だけではなかった。まちがいなく、ふたりの心はつながっていた。
そう思ったところで、もうひとりの自分が声を上げた。
いえ、だめよ。そんなこと、簡単に信じてはだめ。そもそも、この国の王太子があなたなんて、本気で相手にするはずがないじゃないの!
でも、ゆうべの彼は、ほんとうにわたしのことを大事に思ってくれているようだった……。
しばらくして、心の中のいい争いに疲れたDDは、短いため息をつき、シャワーを浴びることにした。
とにかく、用心しつつ、進んでみればいい。
DDは、数か月おきにアメリカとマルルを往復する生活を送っていた。そしてつぎにアメリカに一時帰国する日が、2週間後に迫っていた。
ちょうどいい機会だ。時間をおくことで、ほんとうに幸せがめぐってきたのかどうか、見きわめることができるかもしれない。
DDはそう考えることにした。
しかしその後、DDにたいするノアの態度は、さらにやさしく、さらに思いやり深くなっていくようだった。たがいの立場を考えてふたりの関係はしばらく秘密にすることにしていたのだが、ノアのほうから、DDが一時帰国する前にぼくたちの関係を公にしよう、と口にするようになっていた。
しかしDDは一抹の不安をぬぐいきれず、もうしばらく秘密にしておきたい、といいはった。そうしておくほうが、もし一時帰国をきっかけにこの幸せに逃げられたとしても、人の目を気にしてみじめにならずにすむと思ったのだ。それになんといっても、ノアは王太子だ。つき合っている女の存在が知れれば、ある程度の騒ぎになることは想像がつく。
ノアが王太子であるということ自体については、DDはさほど気にしていなかった。たとえ彼が王太子だろうが、ごくふつうのサラリーマンであろうが、自分の未来に「結婚」の2文字が見えてくるとは思えなかったからだ。自分にはやりがいのある仕事があるし、そもそも男と結婚にぶら下がってしか生きられない母親を見て育ったこともあり、結婚に夢や希望を抱いたことは一度もなかった。結婚がハッピーエンドだと考える人間は、よほどおめでたい人なのだろうとしか思えなかったのだ。
日々の生活を豊かにする心の支えとして、愛する男性がそばにいてくれれば、それでいい。いままでは、そんな存在すら期待していなかった。それがいま、目の前に現れてくれたのだ。それ以上のことは期待もしていなければ、考えたくもなかった。
「ほんとうにアメリカに帰るのかい?」
ソファの隣にいるノアが、DDの髪の毛を指に巻きつけながらたずねた。
「ええ。仕事ですもの」
「そうか……」
ノアの不満げな表情を見たDDは、なぐさめるようにいった。
「ほんの数か月後には、また戻ってくるんだから」
「数か月も……」
DDはくすりと笑った。
「まるでだだっ子ね」
「だってさ――」
ノアがDDのからだを引きよせた。
「きみと一時も離れたくないから」
強く抱きしめられ、ノアの胸の鼓動が耳の中に響きわたった。
命の証しである胸の鼓動。この鼓動とともに生きていきたい。もう不安に思う必要はない。わたしはこんなにも思われているのだから……。
DDは、はじめて自分の幸せを信じてみる気になった。
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