第11話

 DDとノアはそれからたびたびカフェやレストランに出かけるようになった。もっとも、DDはあいかわらずビジネスモードのファッションに身を包んでいたうえ、行くのはホテル内の店ばかりだったので、他人の目にはふたりが打ち合わせをしているようにしか見えなかっただろう。

 それでもふたりは、たがいのこれまでの人生についてあれこれと語り合い、冗談をいっては笑い、興味関心を分かち合うようになっていった。

 ノアは自分がますますDDに惹きつけられていくのを感じていた。いままで早朝に目を覚ましては、なにか満たされない気分に陥っていたのは、生活にこうした一面が欠けていたためかもしれない。じっさいDDと出かけるようになってから、いつも朝までぐっすり眠れるようになっていた。


「今夜、夜の海をクルーズしないかい?」

 ある晩、ノアからそう誘われたDDは、一瞬躊躇した。

「クルーズって……ふたりだけで?」

「ああ、そうだ」

 夜のクルーズ……。ノアと、ふたりきりで?

 これ以上ノアとの関係を深めてはいけない、傷ついて終わるだけなのだから、という気持ちと、あとがどうなろうと、「素直になりなさい」という声にしたがってみたいという気持ちがせめぎ合った。それにさすがのDDも、ノアを想う気持ちをこれ以上食い止められないような気がしていた。

 それにおたがいおとななのだから、ここでつぎの段階に進んでも、だれに迷惑をかけるわけでもなし……。

 DDがなかなか返答できずにいると、ノアが顔をのぞきこんできた。

「無理にとはいわない。いろいろ話を聞かせてもらったから、きみが男性不信に陥ってしまうのも理解できるし」

 このころにはDDも、過去の出来事について、かなりざっくばらんにノアに話をするようになっていた。もちろん、友人として、ではあるが。

 しかしノアとふたりきりでクルーズ船に乗りこめば、そこでなにが起きるかくらい、もはや小娘とはいえないDDにはわかりきっていた。

 それでも……。

 DDは意を決してノアを見上げた。

「ええ、行くわ」

「ほんとうに?」

 ノアの顔がぱっと明るくなった。

「よかった。今夜は島の反対側で花火が上がる予定なんだ」

「そうなの? 楽しみね」

 ノアのうれしそうな顔を見て、DDも思わず笑みを浮かべていた。

「今夜は、まさかビジネススーツ姿じゃないよね?」

 ノアがふざけたようにそうたずねてきたので、DDは苦笑した。

「いくらわたしでも、夜のクルーズにスーツは着ません」

「そうか。じゃあ、楽しみにしてる。6時に部屋に迎えにいくよ」

 そういって去って行くノアの後ろ姿をながめながら、DDはここ数週間の展開に思いをはせた。

 ペースが速すぎるかしら?

 それに……。

 DDの脳裏に、過去の男たちの視線が蘇った。いくらぬぐい去ろうにも、なかなか消えてくれないのだ。

 いえ、ちがう。

 DDは激しく頭をふった。

 ノアはちがう。あんな男たちとはちがうはず。

 この数週間、ノアはひたすらやさしかった。ふたりきりになるときといえば、ホテルの部屋まで送ってくれるときだけだったが、部屋の前までくると、頬にそっとおやすみのキスをくれるだけで、満足げな顔をして帰っていった。

「友だちからはじめないか」といった言葉そのままに、友だち以上の関係は求めてこなかった。

 いままでは……。

 しかし今夜、ふたりの関係が大きく変わるのはまちがいない。

 あなたはそれを望んでいるの?

 DDは自分自身にそう問いかけた。

 そして、自分がそれを切望、、していることに気づき、恐怖と期待に身を引き裂かれるような気分を味わった。


 ひゅるるるる、という音につづき、夜空にぱっと大輪が花開いた。

 と同時に、隣にいるDDの顔が照らし出される。

「きれいだ……」

 ノアはそうつぶやいたが、その目は上空ではなく、DDに注がれていた。

「ほんとうにきれい」

 ノアの視線に気づかないまま、DDが楽しげな声を上げた。

 ノアも上空に目を戻した。

 30分後、激しいフィナーレがくり広げられたあと、あたりに突然静寂が舞い降りた。ノアたちが乗るクルーザーから、海岸線に大勢詰めかけていた見物客がぞろぞろと帰って行くようすが見えた。

 先ほどまでは心地よいと思っていた夜風が、花火の終了とともに少し冷たく感じられるようになった。ノアは、DDがはおっていたカーディガンの前をぎゅっと合わせたことに気づいた。

「ちょっと冷えてきたみたいだ。中に入ろう」

 王室所有のクルーザーだけあって、船内装飾はみごとなものだった。ウイスキーやリキュールの瓶がずらりと並ぶバーカウンターに、赤いベルベッドカバーに覆われたふかふかのソファ。20人以上が余裕で過ごせそうな空間だ。壁には歴代国王の肖像画がいくつも飾られている。ゆらゆらと波に揺られてなければ、宮殿内の一室といわれてもわからなかっただろう。

「すてきね」

 DDは船内をぐるりと見わたすと、感嘆したような声を出した。

「ぼくもここはお気に入りの場所なんだ。マリーナにつけたまま、ここで過ごすことも多い」

「そうなの……うらやましい」

「いつでも歓迎するよ」

「遠慮しておく。だって、こんなところにいたら、仕事が手につきそうにないもの」

 ノアがカウンターに向かった。

「きみはいつも仕事のことばかりを考えているみたいだね。ところで、なにか飲むかい? ウイスキーとか、ワインとか、ここにはなんでも揃っている」

「じゃあ、白ワインをいただきます」

「了解」

 ノアはカウンター下の小さな冷蔵庫からよく冷えた白ワインを取りだし、手慣れたしぐさでコルク栓を抜くと、2つのグラスに注ぎ、DDのいるソファに戻った。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 ふたりはソファに深く腰を下ろしたまま、しばし静かにワインを楽しんだ。

 ふと、ふたりの目が合った。どちらも、相手の目から視線を外すことができなくなる。

「きみは――」

 ノアがグラスをテーブルに置き、DDに向き直った。

「――ほんとうにきれいな目をしている」

 DDはノアの目を見つめながら、ごくりとのどを鳴らした。

「はじめてその目を見たときから、すっかり魅了されてしまった」

「ノア……」

 ノアはDDの頬を両手で包みこんだ。

「DD、今夜、ここに来てくれたということは……ぼくたちの関係を、先に進めてもいいということ? そう思ってもいいかい?」

 DDがすぐには答えられずにいると、ノアはやさしい笑みを浮かべた。

「まだ早いと思うなら、そういってくれてかまわない。ぼくは無理強いはしない。きみは大切な人だ。ぼくが心から大切に思う人だ。だから、きみの気持ちを尊重したい」

「ノア……」

 そんなふうにいってくれる男性は、はじめてだった。やはり、ノアはほかの男たちとはちがう。そう思った気持ちにまちがいはなかったのだ。DDの胸に、感じたこともないほどのよろこびが押しよせた。

「ノア……わたし、はじめて会ったときから、あなたに惹かれていたの。そんな気持ち、かけらも出していなかったと思うけれど」

 正直にいってしまった! DDは自分で自分の告白に驚いた。

「そうなのかい? ほんとうに?」

 ノアも驚いたように目を見開いたが、やがてその目を細め、DDを愛おしげに見つめた。

「前はきみの魅力に気づいていなかったなんて、自分が情けないよ。こんなに美しくて、やさしくて、すばらしい女性なのに」

 ノアはそういいながら、DDが手にしていたグラスを受け取り、テーブルに置いた。

「でもどうやらぼくたち、いまではおたがいに想い合っているようだ……」

 ノアの顔がどんどん近づいてくる。DDはそっと目を閉じた。唇に、ノアのやわらかな唇が軽く合わさってきた。

 穏やかな、いとおしむような動きで唇が愛撫される。やがてDDは、ノアの舌に促されるように、その唇を開いた。ノアの舌がDDの舌を求めてくる。その動きがしだいに激しさを増していく。

 と、ノアがさっと顔を上げ、DDの目をのぞきこんできた。

「いいのかい? このまま進んでも?」

 DDは小さくほほえんだ。

「ええ」

 ノアも笑みを浮かべ、ふたたびDDに激しいキスをした。まるでDDのすべてを欲するかのように、唇を、舌を、強く吸いこもうとする。

 やがてノアの手がDDの頬から首筋へ、そして胸へと下りていった。

 ブラウスの薄い生地越しに、ノアの手の温もりが伝わってくる。

「あっ」

 ノアの親指が胸の頂点をかすめたとき、DDは思わず声をもらした。

 その声に刺激されたかのように、ノアがのしかかってDDのからだをソファに倒し、もう片方の手をDDの首筋、胸、さらにその先へと下ろしていった。その手が腰のあたりでいったん止まり、DDのスカートをまくり上げはじめる。

 スカートがすっかりまくれ上がったところで、ノアの手がふたたび動きはじめ、DDの尻をなでるようにしながらパンティの中へと忍びこんでいった。

 ノアの手の感触をじかに感じたDDは、いままで味わったことのないほどの興奮に包まれた。そして、そんな自分に驚いてもいた。こんな気持ちにさせられたのも、これほどの欲望に突き動かされたのも、生まれてはじめてだった。

 太ももに、ノアの固くなった股間が強く押しつけられた。自分が求められているだけでなく、自分も相手を激しく求めていることに、DDは新鮮な驚きを感じていた。

 それまで尻をなでていたノアの手が、DDの脚のつけ根に近づいていった。DDは期待と興奮の渦に包まれつつ、そのときを待った。そして快楽の芯に彼の指が触れたとき、大きなあえぎ声をもらさずにはいられなかった。

 その指の動きから、自分がすでに激しく潤っているのがわかった。これもはじめてのことだった。ノアの股間がさらに固く、大きくなるのが感じられる。

「きみが……ほしい……」

 ノアが耳元でささやきかけてきた。

 DDは大きく息を吸いこみ、ささやき返した。

「わたしも……あなたが……ほしい」

 するとノアがさっとからだを起こし、着ていたTシャツとズボンをあっという間に脱ぎ捨てた。そして下着も勢いよく脱ぎ捨てたあと、両手でやさしくDDのショーツを引き下ろし、両脚から抜き取った。

 準備が整うと、ノアは目をきらめかせながらDDの脚のあいだにからだを割りこませ、彼女の反応を見定めるかのように、ゆっくりと自身をDDの中に沈めていった。

 ノアをすっかり飲みこんだとき、DDはあまりの快感にからだをのけぞらせた。その姿が欲望に火をつけたのか、ノアが激しく腰を動かしはじめた。

 突き上げられるたび、DDの中でなにかが炸裂するかのようだった。どんどん崖っぷちに追い詰められたDDは、懇願するような視線をノアに送りつつ、みずから腰をくねらせ、ノアを締めつけはじめた。ノアの腰の動きがさらに激しさを増していく。

 ふたりは同時に絶頂を迎え、やがて脱力したからだを重ね合わせたまま、深い眠りに落ちていった。

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