7月29日(土) 『名残』

 名残惜しい。今の心情を表現するなら、これしか思い当たらない。


「明後日の放送でタソアイが終わっちゃうぅ〜!」


 夜、就寝直前の十一時過ぎのこと。私、櫻井あいらは自室のベッドの中で悶々としていた。


 今日の日中は、母の手伝いとして近所の祖父母宅で遺品整理をしていた。目の前の物に集中して手を動かしている間は、まだ良かった。片付けが一区切りついて、夕方に帰宅してからは……。半分くらい意識が無かった。

 あまりにも私がボーッと呆けていたからか、母には「あいら、もしかして熱中症?大丈夫?」と心配されてしまった。違う、そうじゃない。


 原因ははっきりしている。私のお気に入りラジオ番組、タソガレドキにはアイスティーを、が明後日の放送で最終回だからだ。


 タソアイと略して呼ばれるそのラジオは、もともと七月限定だと番組内でもいわれていた。最終回の放送では、パーソナリティの瀬戸川セツナさんとリスナーさんが電話で話す、という内容になるらしい。

 番組ホームページ内のメッセージフォームから投稿をすれば、セツナさんと電話でお話できるチャンスはある。でも、どうやらこの世界でタソアイを聴けているのは私だけのようで。ネットで検索しても、Twitterで検索しても、タソアイのホームページやタソアイリスナーさんは見つからないのだ。


 祖母の形見としてもらってきた卓上ラジオから届けられた、私にしか聴こえていない不思議なラジオ番組。セツナさんとは共通点も多くて、タソアイは聴いていて楽しかった。

 新しく知ることもたくさんあったし、好きなものも増えた。タソアイ最終回でセツナさんと電話で話せたらいてみたいこともあったし、一ヶ月ありがとうございました、と直接伝えたかった。


「できっこない、よね……」


 口に出してみると、余計に悲しく、寂しくて。

 どうしようもないけれど……。月曜日の放送を前にして、私はすでに喪失感でいっぱいだった。

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