第3話 彼氏を散髪

「ふぅーーーーっ」


「まだ完成じゃないけど、良い感じに仕上がってきたな!」

//聞き手の正面から顔を覗き込む


「やっぱりおまえにメイクするの最高に楽しすぎる……」


「自分の顔にするメイクの100倍は面白かった気がするぞ!」


「おまえの顔にメイクするのは何10回、何100回、いや、何1000回やっても飽きないだろうな」


「え? それは大袈裟だろって?」


「大袈裟でもなんでもねぇよ。おまえにメイクしてたら、俺自身メイクをやり直したくなってきたくらいだからな」


「あれ、ちょっと汗かいてきちゃったか?」

//顔を覗き込む


「ごめん、ずっと座りっぱなしで暑かったよな。エアコンつけるから待って--」


「ちょ、待て! 今汗を拭くとメイクが落ちる可能性があるから自分で拭くな!」 

//SE 手を掴む音


「俺が汗拭き取ってやるから、そのまま動かないでくれ」


「え、汗を拭くなんて気持ち悪いだろって?」


「好きな人の汗なんて気になんねぇよ」


「とりあえずエアコンをつけてっと……」

//SE エアコンの起動音


「汗を拭き取れそうなタオルは確かこの引き出しに……」

//SE 引き出しを漁る音


「お、あった。このタオルで拭き取るから、大人しくしててくれよな」


「慎重にぃ……慎重にぃ……」

//SE 汗を拭き取る音


「ここでメイクが落ちたらここまでの努力が水の泡だからな」


「あ、でもメイクが落ちたらもう1回メイクを楽しめるっていう利点が……」


「ははっ。分かってるって。冗談に決まってるだろ」


「……よしっ、なんとか上手く拭き取れた」


「もうエアコンつけたからこれ以上汗が出てくることもないだろ」


「……」

//メイクを確認する


「うーん……。汗でメイクが崩れなかったのはよかったけど、なんか違うんだよなぁ……。メイク自体は俺のイメージ通りのはずなんだけど……」


「もうこれ以上メイク自体をどういじってもよくならないような気もするし……」


「え、もう終わりでいいじゃないか?」


「 そんなわけねぇだろ⁉︎ ここまでやっておいて妥協なんてできるはずねぇよ!」


「いや、長時間座ってもらってるお前に申し訳ない気持ちはあるんだけどな」


「うーん……。妥協なんてできねぇって意気込んだはいいものの、どこをどう手直ししていいのか……」


「……」

//悩ましそうに


「あ、分かった。髪型だ」

//SE 閃いて手をパチッと叩く音


「おまえはさ、男の子の中では長めの髪型してるし女の子よりの髪型だとは思うんだよ」


「でも、今の髪型だとどうしても男の子っぽく見えちまうんだ」


「うーん……。やっぱりウィッグ買っとくべきだったかなぁ。流石にいらねぇだろと思ってショートヘアの女の子に似合うようなメイクで進めてたんだけど……」


「もうちょっと髪の毛整えないと、このままじゃやっぱ違和感残っちまうな」


「なぁ--っ」


「えー、まだ何も言ってないのに『嫌だ』って拒否するなよぉ」

//SE 抱きつく音


「なぁ、いいだろ……? 切らせてくれよ」

//少しずつ距離が近づいていく


「髪なんか切ってもどうせまた生えてくるんだしさ……」


「私からの一生のお願い……」


「……」

//目に涙を浮かべて懇願するように


「……うん、ごめん。やっぱり髪切るのは諦める」


「そうだよな。急に髪の毛切らせてくれって言ったって美容師でもなんでもないただの素人に切られたい奴なんていねぇよな……」


「これ以上無理言って嫌われるのも嫌だし……」


「……」

//上目遣いでわざとらしく聞き手を見るように


「え、いいのか⁉︎ やったぁ! じゃあちょっとまた準備してくるな!」

//部屋を出て階段を降りる音


「ふんふんふふふん、ふんふふふん♪」

//鼻歌を歌いながら




◇◆




「よしっ、じゃあ早速髪切っていくぞ!」

//SE ハサミを開閉する音


「え、なんで髪を切るセットがあるのかって?」


「じ、実は……こうなることを想定して事前に購入してました」


「も、もちろんおまえが嫌がったら無理に髪を切るつもりはなかったんだぞ⁉︎ で、でも万が一、どうしても髪を切りたい、髪を切らないとせっかくのメイクが完成しない! ってなった時に髪を切るセットがないと困るだろ⁉︎」


「おまえだって悲しいと思わねぇか? せっかくあと髪さえ切れば可愛い女の子に変身できるって場面で、髪を切るセットが無かったら」


「だから、そうならないために念には念を入れて買っておいたんだよ」


「え、どこからその熱意が湧いてくるかって?」


「だってもう何年も前からずっとおまえの顔にメイクしたいと思ってたし、そう思ってた期間が長かった分だけ熱意も増えたんだろうな」


「ん? その熱意を勉強に回せ?」


「そ、それは……もっともな指摘すぎて流石に反論できなぇわ」


「物珍しそうな顔で見られてるけど、俺以外にもいると思うぞ? 彼氏にメイクしたがる女の子」


「友達にも彼氏にメイクしたって言ってる人何人かいるからな」


「まあその中でも俺は飛び抜けて君にメイクしたいって欲求が強かっただろうけど」


「よしっ、それじゃあ髪切っていくからな」


「人の髪なんて切ったことないけど……。動くんじゃねぇぞ……?」


「よっ、ほっ……はっ、ふぅ……」

//SE 髪を切る音

//髪を切る声が左右から聞こえる


「……はぁ。髪を切るのって中々難しいんだな……。もっと簡単に切れるかと思ってた」


「難しいのもあるけど、切りすぎると直ぐに長さが戻るわけじゃないからミスを怖がって中々思うように切れないんだよな」


「時間がかかって申し訳ないけど、ちょっとだけ我慢しててくれ」


「……」

//髪を切り進める


「あ、ていうかあれだけ汗かいてたらそろそろ喉乾いたんじゃないか? そこに置いてあるコーラ飲んでいいぞ」


「メイクしてても飲みやすいようにストロー挿しといたから」


「ってそうか。髪切ってるしそもそもペットボトル自体持ちづらいよな」


「よし、しょうがないから俺が飲ませてやるよ」


「いいって。おまえは自由に動ける状態じゃねぇし、動くと髪の毛があちこちに飛び散っちゃうかもしんねぇから」


「はい、じゃあお口あーんってして?」


「なんかこうしてジュース飲ましてると子守してるみたいだな」


「おーよちよち。上手に飲めまちたねー」


「ごめんごめんっ。怒るなって」


「ストロー持ってきといてよかったな。ストローがなかったらかなり飲ませずらいだろうし、最悪全こぼししてた可能性もあるしな」


「それじゃっ、どんどん切っていくぞ!」

//SE ハサミを開閉する音

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