第9話 おっさん、姪と契約する
「関節に刃を入れる……。関節……関節……骨と骨の隙間……。こう、かな?」
「……」
「……」
ダンジョンに潜り始めて四時間が経過した。
琴梨はコボルトやゴブリンと遭遇する度に躊躇無く前へ出て、戦闘を行っている。
そこまでは良い。そこまでは良いのだ。
問題は、さっき麗奈が見せた絶技を、スキルを模倣し始めているということ。
まだ完全な模倣までは出来ていないが、オリジナルの使い手である麗奈が絶句し、眠たそうな目を見開いていることから如何に凄いかはお察しだ。
「……絆……」
「なんでい」
「……私は……怖くなってきた……この領域に至るまで……五年かかったのに……四時間で習得しかけている……琴梨が怖い……」
「おいちゃんも怖いよぉ。まさか姪にこんな才能あるとは」
更に恐ろしいのは、それらを配信しながらやっているという一点に尽きる。
延々と喋りながら、ほんの僅かな時間で集中し、戦闘へ向ける意識とカメラへ向ける意識を切り替えているのだ。
「……増長しなければ良いんだがねぇ」
「……そういう……人種には……見えないけれど……」
「人間ってのは増長して、叩き潰されるまでは本人も周囲も気付かないもんなんだよ。俺がそうだった」
コボルトやゴブリンを危うげなく倒した琴梨が、俺たちの方へ戻ってくる。
「あのー!! 麗奈さーん!! もう一回さっきの見せてください!!」
「……ヤダ……」
「え!? な、なんでですか!!」
「……自分で……出来なければ……意味が無い……」
「えー!!」
あ、麗奈のやつ、短時間で完全に模倣されるのが嫌で時間稼ぎしようとしてんな。
まあ、気持ちは分かるが。
スキルってのは研鑽がものを言う代物だ。
自分が五年もかけて編み出した技を数時間で真似されては堪ったものではないだろう。
「うーん、じゃあ、仕方ないか。流血時におけるモザイク設定は……よしよし、問題無いね」
「……ん……?」
「琴梨、何するんだ?」
『どしたん? 何してんの?』
その時、不意に琴梨がカメラの設定を確認した。
何をするつもりだろうか?
次の瞬間、琴梨は俺も麗奈も、視聴者でさえも予想できなかった行動に出た。
「ちょっとね。……よいしょっと」
「「!?」」
『ヒェ!!』
琴梨はゴブリンやコボルトの死骸にナイフを突き立てたのだ。
そして、手当たり次第に切り裂く。
カメラ越しの視聴者にはモザイクで見えていないだろうが、琴梨が何をしているのか察したらしい。
普通、モンスターの亡骸はごく短時間でダンジョンに吸収されて消滅するものだが……。
まさかその場で死体の解剖を始めるとは思いもしなかった。
麗奈が困惑している。
「……琴梨……何を……している……?」
「え? あ、モンスターの関節がどうなってるのか見てみたくて!! 大体分かりましたよ!! こう、関節の繋ぎ目を狙うんですよね!!」
『画面が全部モザイクだけど、何してるのか分かるから怖い』
頬に赤黒い血を付着させながら、満面の笑みでモンスターを解剖する琴梨。
「……絆……琴梨は……どんな教育を……受けている……!! 怖い……!!」
「俺に聞かれても……。いや、姉貴に抗議はしてみるが」
ちょーっと、いや、大分ね? 琴梨は倫理観というものが欠けている気がする。
しかし、説教は帰ってからだ。
「あ、おじさん!! 宝箱あったよ!! 私が罠チェックしても良い!?」
「お、おう。麗奈、良いよな?」
「……ん……」
「ヒャッホゥー!! 何が出るかな、何が出るかな!! テテテテン!!」
琴梨がウッキウキで発見した宝箱の罠の有無を確認する。
一昨日、攻略済みダンジョンで俺がやったことを全て同じようにこなしている。
やはり、琴梨は天才だ。
特に技能の模倣や習得に関しては右に出る者がいないだろう。
「ん? 石? もしかしてまた転移石かな?」
琴梨のリアクションを見て、俺と麗奈が宝箱の中を覗き込む。
そこには、青く輝く石があった。
「い、いや、おいおい、えぇ? こんなことあるぅ?」
「……やっぱり……琴梨は……持ってる側……」
「え? どうしたの、二人とも。この石が何か知ってるの?」
「あー、そうだな。ひとまずそれは転移石じゃない。ただの鉱石だよ。視聴者にも見せてやんな。多分ビックリしてコメント欄が嵐のようになるから」
「え? うん、分かった」
琴梨が宝箱の中にあったアイテムを取り出して、カメラに見せる。
『!?』
『!?』
『!?』
『!?』
『!?』
「え? な、なんか凄い数の『!?』が……」
俺の予想通り、コメントの数と流れるスピードが数倍に跳ね上がった。
こういうのをバズるって言うのか? 知らんけど。
『オリハルコンやん!!』
「おりはるこん? なんかお野菜みたいな名前だね。大根とか、蓮根みたいな」
『ふざけてる場合か!! その大きさだと数千万円は行くぞ!!』
「ふぁ?」
琴梨がゲットした鉱石の名前はオリハルコン。
ダンジョンから産出する金属の中でも最上級の代物だろう。
オリハルコンの価値を知る視聴者が、如何に高価な代物かを琴梨に語って聞かせる。
『粉末にしてポーションに使うも良し、武器に加工するも良し、使えない方法を探す方が珍しい超超超超超超超超激レアアイテムだよ!!』
「お、おじ、おじさん、ど、どどどどどうしよう!? こんな高価なもの持ってるの怖いよぉ!!」
死体の解剖には微塵もビビらんくせにお金は怖いのか……。
「……死体の解剖は……平気なのに……お金が……怖いんだ……」
「そこ、思っても口にしない。まあ、琴梨。それはお前が決めるんだ。売るなら伝手を紹介してやるし、武器に加工するなら俺がやってやる」
「え!? おじさんそんなことできるの!?」
「もちろん」
「じゃあ、おじさんに武器を作ってもら――」
再三言うが、俺は戦闘よりも武具の改造や生産の方が得意だからな。
しかし、琴梨の決断に待ったをかける者たちがいた。そう、視聴者である。
『待て待て!! 絶対に売った方が良い!!』
『そうだそうだ!! 億万長者だぞ!!』
『冷静な判断を!! 琴梨ちゃん!!』
売った方が金になるのは事実だろう。
それを決めるのは琴梨なので、あの子がどんな判断をしても俺は構わない。
「うーん、じゃあやっぱり武器にして!! おじさん!!」
「あいよ」
『えぇ!? なんでぇ!?』
「だって強い武器が手に入ったら、その武器でもっと凄いダンジョンに行けるでしょ? そしたらお金だって稼げるだろうし、何より私のわくわくが凄いの!! 凄い鉱石を使って作った凄い武器!! 私は見てみたい!!」
琴梨が満面の笑みで答える。
俺はその答えを聞いて、少し嬉しくなった。
ダンジョンに取り憑かれるのは危険だが、純粋な探究心や好奇心で死の恐怖を乗り越えられる者がどれだけいようか。
「んじゃあ、今回は親族サービスだ。格安で引き受けてやろう」
「え!? お金取るの!?」
「当たり前だろう。技術を使うことには金が要る!! オーケー?」
「うぅ、ちなみにおいくらくらい?」
俺は頭の中でざっと試算し、琴梨に耳打ちする。
「えぇ!? そ、そんなにするの?」
「おう。そんだけオリハルコンの加工は難しいんだ。これでもサービスしてるんだぜい?」
「……うーん、バイト代とスパチャで得たお金を使えばギリギリ払えるかな……?」
「足りない分はツケでも良いぞ」
「……じゃあ、お願いします!!」
「へへ、まいどー」
俺はニヤニヤが止まらない。
その様子を見ていた麗奈が、琴梨に警告した。
「……琴梨……絆は……オリハルコンをちょろまかそうとしている……」
「ギクッ」
「え!? おじさん!?」
「い、いや、いやいや。何をおっしゃいます、お客様。あっしは信用第一がモットーの商人でさあ。きちんとオリハルコンを使った武器を作りますとも」
「……ん……だからこそ……『するな』と言われない限り……やる……絆は……そういう男……。多分……オリハルコンを少量……使わないで……転売する……じゃないと……貴方の利益にならない……」
「おーじーさーん?」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
その後、俺は麗奈が証人とする契約書にサインをさせられることになった。
ここでダンジョン探索を一旦打ち切って、俺たちは地上へ帰還することに。
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