第7話 おっさん、知り合いを呼ぶ





「お、おおおおじさーん!! 大変大変!! 大変だよぉー!!」


「ん? どうしたんだ、そんなに慌てて」



 ダンジョンから生還した翌日。


 俺が自宅のアパートで色々と作業していると、琴梨が慌てた様子で入ってきた。


 息を切らしており、顔色が悪い。



「お茶飲むか?」


「そんなことより!! 見て!! これ!!」



 琴梨が俺に見せてきたのは、件のダンジョン配信チャンネルだった。


 何をそんなに驚くことがあるのか……。


 なんて思っていると、琴梨はチャンネル登録者数のところを指さした。



「見てこれ!! チャ、チャンネル登録者が一万人になってるの!! 昨日が初配信だったのに!!」


「そりゃ凄いな」


「あとおじさんの正体がバレてるの!! そして何故かその上で私よりおじさんの方が人気なの!! なんで!? 悔しい!!」


「お前のそういう素直なところがおじさんは嬉しいよ」



 思っていることをすぐ口にしてしまう。


 それは、欠点なようで美点だ。

 相手に自分の考えを躊躇いなく話せるのは、冒険者に必要な素質の一つだからな。


 まあ、それはそれとして。



「もう!! 真面目に聞いてよ――って、おじさん何を作ってるの?」


「ポーションをいくつか。あ、そうだ。これを渡そうと思ってたんだ。ほい」


「ん? なにこれ? ナイフ?」


「おう。琴梨がゴブリンジェネラルの腕に刺したナイフ。回収しておいたんだ」


「安物だし、わざわざ良いのに……」



 残念ながら、もうそのナイフは安物じゃない。



「琴梨、そのナイフは俺が改造しといたから、下手に扱うなよ?」


「え? 改造? おじさん、武器の改造なんかできるんだ?」


「おう。自慢じゃあないが、おじさん知る人ぞ知る名改造師だからな」



 実は俺、あまり戦闘が得意な部類じゃない。


 ステータス的に速度があるから斥候を頼まれるが、本職は武器やアイテムを作る生産職だ。


 あ、いや。

 アイテムを使っての戦闘なら頻繁にやるし、戦闘が得意っちゃあ得意なのか?


 自分でも分からんな。



「どんな効果なの?」


「万が一はぐれた時のために居場所が分かる機能をちょいとな。あと刃そのものに麻痺効果を付与してあるから、うっかり触らないように」


「え!? な、なんで!?」


「……いや、ちょっとな」



 琴梨は多分、いや、間違いなくダンジョンに取り憑かれるタイプの人間だ。


 いずれは攻略済みダンジョンなんかではなく、出現したばかりの未攻略ダンジョンの攻略に挑むかも知れない。


 そうなった時、少しでも質の良い装備があれば生き残れるかも知れない。


 まあ、要はお守りみたいなもんだ。



「へぇー。じゃあ、また迷子になっても安心だね!!」


「死にかけたのに満面の笑みで言えるたぁ、ちょいとネジが外れてんな」


「失礼な。あ、そうそう、おじさん。またダンジョン攻略しようと思うんだけど」


「ん、今度はどこに行くんだ?」


「ここ!!」



 琴梨がスマホの画面を見せつけてくる。



「ここは……」


「そ!! つい最近出現したばかりのダンジョン!! まだ未攻略!! やっぱり冒険者は冒険してなんぼのもんでしょ!!」


「……はぁ」



 早過ぎる。


 いや、本当にね? 昨日死にかけたんだよ、君。


 なのになんでもっと死ぬ可能性が高いダンジョンに潜ろうとしてんの?


 取り憑かれるかも知れないとか、そういうもんじゃない。

 もう取り憑かれてるよ、琴梨は。



「流石に反対する。琴梨はまだまだ弱い。レベルだって低いだろ?」


「あ、それなんだけど、ここ来る前に役所でステータス見てもらったらレベルが上がってたの」


「は?」


「私の今のレベル、7なんだよね」


「……」



 姪の才能が怖いんだが。


 レベルというのは、ある程度経験を蓄積しなければ上がらない。

 戦闘でも探索でも、経験がレベルアップに繋がるのだ。


 普通、一回のダンジョン攻略で上がるレベルは精々1、2が限度だろう。


 それが7だって?


 ああ、これはつまり、あれだ。

 琴梨はたった一度の探索で七回のダンジョン攻略に相当する経験をしたということだ。


 学習能力というか、成長力が異様に高い。


 それを理解した途端、自分でも嫌になる思考が俺の頭をよぎった。



――この子を鍛えたら、どれくらい強くなるのか。



 俺も琴梨のことを言えないな。

 どうやら俺は、好奇心というものに取り憑かれているようだ。


 しかし、俺の力ではこの才能ある若者を導けない。



「……分かった。その代わり、一つだけ頼めるか?」


「ん? なに?」


「パーティーメンバーを一人増やしたい」



 だから俺は、知り合いを頼ることにした。








 翌日。


 俺は琴梨と共に新しく出現したダンジョンの前に集まっていた。



「な、なにこれ!? 凄い人!! 昨日の何十倍もいるよ!? あ、屋台まである!!」


「これが未攻略ダンジョンの賑わいだ。あ、こら。屋台は後だ!!」


「あぐっ、も、もう、おじさん首根っこ引っ張るのやめてよ!! 猫じゃないんだから!!」



 気まぐれな性格だし、猫みたいなもんだろ。とは思ったが、言わないでおく。



「でもおじさんの知り合い、全然来ないよ? 大丈夫? 日にち合ってる?」


「時間にルーズな奴なんだよ。もう少しで来るはずだ」



 俺と琴梨は、ダンジョンの前で新しくパーティーに加わる人物を待っていた。


 しかし、一向にそいつが来る気配は無い。


 代わりに見知らぬ三人の男たちが俺たちに声をかけてきた。



「ねぇねぇ、君たち」


「え? えーと、私達ですか?」


「ダンジョンに挑むの? 危険だし、俺たちとパーティー組まない?」


「琴梨、ただのナンパだ。無視しろ」



 よくいるのだ、こういう手合いが。


 冒険者って結構自慢できることだしな。

 女の子をナンパするために冒険者になる馬鹿もいるのだ。



「釣れないなぁ。でも、数が多いと安心じゃない? こう見えても俺たち、レベル30だから強いよ?」


「え!? レベル30!? す、凄い!!」


「……はぁ。琴梨、ちょうど良いから色々教えてやる。まずそいつの装備を見ろ」



 俺は三人組のリーダーと思わしき男の装備を指差した。



「まず、そのナンパ野郎が言ってるレベルは本当だろう。装備の質が良いからな。それを買うには結構な金がいる」


「え? 分かる? 結構高かっ――」


「琴梨、問題だ。金を稼ぐにはどうすれば良い?」



 ナンパ男を遮って話を続ける。



「えーと、ひたすらダンジョンに潜る?」


「そうだ。でもここでおかしい点がある。何か分かるか?」


「……ダンジョンに潜ってる割には、少し装備が綺麗な気がする」


「正解。百点。これが意味するのは二つ、高価な装備をいくつも持っていて、ダンジョンへ挑む度に交換しているか、あるいは新調したばかりか。どっちだと思う?」


「新調したばかり?」


「残念。新調したばかりなら特有の金臭さで分かる。金属製なら特にな」



 つまり、答えは高価な装備をいくつも持っているということになる。



「さて、ここで一度最初に立ち戻るが、レベル30でそれだけの金を稼げると思うか?」


「……思わない」


「つまり?」


「お金持ちのボンボン?」


「大正解。つまり、自力で金を得た冒険者じゃない。そういう冒険者は信用するな」


「お金を自分で得てる冒険者なら良いの?」


「ああ。そういう奴は利益と不利益をよく分かってる。仲間の扱い方もな。冒険者の中ではそういう奴を『頼れる』って言うんだ。覚えとけ」


「はーい」



 と、そこまで言ってナンパ男たちがキレる。



「こ、この、下手に出てたら調子乗りやが――あぐ!?」


「え? な、なん――」


「は? ちょ――」



 しかし、そのナンパ男たちの後ろに立っていた一人の少女が、容赦なくナンパ男たちを殴り飛ばした。



「お、来たな」


「……久しぶり……絆……絆……? ちょっと縮んだ……?」


「大分な。というか、よく俺だって気づいたな?」


「ん……絆の匂いは……覚えてる……忘れない……」



 一言で言うなら、その少女は変な子だった。


 眠たそうに頭をかくんかくんさせながら、俺と琴梨を見つめる少女。



「……君が……絆の……姪……?」


「え、あ、は、はい」


「すんすん……うん……匂いは覚えた……よろしく……良いね……すっごく才能のある匂いがする……」


「だろ? あー、琴梨。この子は――」


「……私は……後藤ごとう……麗奈れいな……所属してるクランは……【ツチノコの刺し身】……」



 俺が琴梨に少女を紹介しようとすると、少女は一歩前に出て、名前と所属するクランを名乗った。


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