第5話 おっさん、キレる





 間に合った。


 なんとか、ギリギリだけど間に合った。


 俺は裏ボスと思われるゴブリンジェネラルを見据えながら、思考を巡らせる。



「誰だあ!! おでの邪魔するなァ!!!!」



 ゴブリンジェネラルの肌が赤いということは、激高状態に突入しているのだ。


 これは、クリティカルダメージが入った時にモンスターが見せる行動の一つである。


 まさかとは思うが、どうやら琴梨がゴブリンジェネラルを相手にクリティカルダメージを与えたのだろう。


 まだレベル1なのに……。


 見たところ他にもダメージを与えた痕跡があるし、正直に言って昨日冒険者になったばかりの子とは思えない。


 才能は俺よりあるんじゃないか?


 まあ、それはそれとして。

 俺の可愛い姪を殺そうとしたんだ。絶対に許さん。



「死ね゛ぇええええええええええッ!!!!」


「死ぬのはそっちだよ」



 俺は腰から得物を抜いた。


 昔からずっと愛用している、【真なる白銀の刃トルゥーシルバー】と【真なる黄金の刃トルゥーゴールド】という対の双剣だ。


 俺は駆け出して、一気に跳躍。


 ゴブリンジェネラルの上を取った。しかし、ゴブリンジェネラルも馬鹿ではない。


 跳躍した俺を殴りつけようと棍棒を振るった。



「遅い」



 俺は振るわれた棍棒を足場にして、軌道を変える。

 そして、そのままゴブリンジェネラルを袈裟斬りにしてやった。


 しかし、その傷はすぐに再生してしまう。



「ぐへへへ、無駄だぁ!! おでの傷はすぐに治る!! おめぇに勝ち目はねぇど!!」


「よく回る口だねぇ。大した頭も無いくせに喋ってると、馬鹿をみるぞー」


「馬鹿はおめぇだぁ!!!!」



 どんなに斬っても、ゴブリンジェネラルは再生する。


 斬っても斬っても、再生する。再生してしまう。



「うぐっ、む、無駄だぁ!!」


「……」



 俺はもう、何も言わない。言う必要が無い。


 ゴブリンジェネラルが俺に向かって棍棒を振り下ろそうとして――棍棒を落としてしまった。


 否、それだけではない。

 その場で身体をガクガクと震わせて、跪いた。



「な、なん、だぁ? 身体が、動かねー?」


「俺の武器は特別製でねぇ? 交互に敵を切り裂くことでランダムな状態異常を付与できるんだよ」



 それが【真なる白銀の刃トルゥーシルバー】と【真なる黄金の刃トルゥーゴールド】の特殊効果だ。



「敵に付与する状態異常は、毒、猛毒、麻痺、眠り、幻惑、火傷、凍傷……。色々あるけど、一番の目玉は――即死」


「え……?」


「お前さんにどんなに強力な再生能力があっても関係無いんだよねぇ。見たところ、今のお前さんは麻痺と猛毒が付与されてるみたいだが……。さてさて、あと何回で即死が発動するか、やってみようか?」


「ま、待っ――」


「待つわけねーだろ、カスが」



 俺は【真なる黄金の刃トルゥーゴールド】をゴブリンジェネラルの首に当てた。



「姪が死にかけたんだ。代金はお命で結構。リーズナブルだろ?」


「ひっ」



 俺は速度に任せて【真なる白銀の刃トルゥーシルバー】と【真なる黄金の刃トルゥーゴールド】を交互に振るう。


 何十、何百と振るっているうちに、ゴブリンジェネラルの息の根が止まった。



「ありゃ、思ったよか早かったねぇ? ま、それはそれとして」



 俺は武器を鞘に収め、尻餅をついたまま動かない琴梨に声をかける。



「おーい、琴梨。大丈夫か?」


「あ、お、おじさん……もう、終ったの?」


「おう」


「……そっか。そっかぁ……。流石はおじさん。やっぱり凄いや」



 琴梨が疲れたように笑って言った。


 俺は琴梨に、一発ゲンコツを食らわせる。



「あいたぁ!? な、何すんの!?」


「裏ボスに挑むなんて何考えてんだ!! 危うく死ぬところだったんだぞ!! お前が死んだら俺が姉貴とお義兄さんに怒られるんだからな!!」


「う、うぅ、ご、ごめんなさい……」



 一応、大人として、先輩冒険者として叱っておく。



「……冒険のし過ぎは、周りを心配させるってことを忘れちゃ駄目だぞ」


「……うん」


「ほら、ポーションだ。怪我の完治はできないだろうけど、痛みが幾分か和らぐはずだ」


「……ありがと」



 しばらくして、広間の中央に光の渦が発生する。



「あれは……」


「ポータルだ。あれで外に出られる。先に行ってろ」


「あ、う、うん。分かった。おじさんは?」


「すぐに行くさ。ちょっとしなきゃならんことがあってねぇ」



 ポータルに向かって歩く琴梨。



「琴梨」


「ん、なに?」


「ダンジョンは……嫌いになっちゃったか?」


「……ううん。好きだよ。もっと、もっと冒険したくなっちゃった」


「……はは。お前は取り憑かれるタイプだな」


「取り憑かれる? 何に?」


「……いや、気にしなくて良いよ」



 時々、冒険者の中に異常者が現れる。


 ダンジョンという未知の世界に興味が尽きず、時には自分が死ぬことさえも含めて何も厭わないやべー奴。


 それを冒険者の中では『冒険心に取り憑かれている』と言う。


 ……あんまり無茶しないよう、見ておかないとな。



「さて」



 俺は琴梨がポータルで外に出るのを確認し、広間の入り口に置いてあったカメラを拾う。


 おそらく、琴梨がゴブリンジェネラルへ挑む前に置いておいたのだろう。壊れないように。


 俺はコメントを確認する。



「ああ、やっぱりいたな」



 コメントの中には、琴梨を馬鹿にしたり煽ったりするものがいくつか見られた。


 俺はカメラの向こう側にいる連中に向けて殺気を放つ。



「おい、視聴者さんよ。あんまり俺の姪をいじめるなよ? もし、あの子を傷つけるようなことを言ったら、いや、考えただけでも許さない。殺す」


『ヒェ』


『姪……? どゆこと?』


『もしかして絆ちゃん、思ったより年上?』


『合法ロリじゃねーか!!』



 コメントする余裕がある連中は、肝が座っているのだろう。


 匿名なのを良いことにイキっている連中は、今頃ションベン漏らして泣いているに違いない。


 それはそうと……。



「あー、いや、そうだな。琴梨もいないし、騙すのも良くないから正直に言うが、俺は男だ」


『つまり、男の娘ってコトぉ!?』


『待て!! それじゃあキズパイの説明ができない!!』



 こいつら、マジで余裕あるな。



「違う。今はチ◯コも生えてないよ。朝起きたら美少女になってた。あとおっぱいもデカくなってた。だから、まあ、あれだ。すまんな、男たちよ」


『は? イケますが?』


『むしろその方が……ふぅ』



 なんかヤバイのがいるけど、気にしない。

 俺は配信を切って、カメラを持ち帰ることにした。



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