第4話 姪ちゃん、冒険者になる
「うっ、な、なにこれ、頭がぐるぐるして気持ち悪い……」
私は吐き気を抑えながら、周囲の様子を確認する。
そこは、先程までいた場所とは違うようだった。
まだダンジョン内ではあるようだけれど、おじさんの姿が無い。
どうやらはぐれてしまったらしい。
「ねぇ、皆。今のは何だったの?」
私はダンジョン配信用のカメラに向かって問いかける。
おじさんがいないことは不安だけど、私には視聴者がいるからね!!
ちょっとやそっとじゃ動じないよ!!
なんて思いながらコメント欄を見ると。
『ヤバイヤバイ!! 逃げろ!!』
『転移石に触っちゃったのか!?』
『放送事故やん……』
『琴梨ちゃんが挑んでるダンジョンの裏ボスって判明してるよな? 何だっけ?』
「ちょ、ちょっと皆!! コメント早過ぎ!! とにかく情報をちょうだい!!」
視聴者からの反応で、自分の置かれている状況が悪いことは分かる。
しかし、具体的にどう悪いのかが分からない。
『琴梨ちゃん、落ち着いて。まずは大きな声を出さないで。今、琴梨ちゃんは転移石に触れたことで裏ボスがいる部屋に飛ばされちゃったの』
「え!? う、裏ボス!? ――っ」
思わず叫びそうになるのを、両手で口を抑える。
「う、裏ボスって、あれだよね? ダンジョンボスよりずっと強い奴だよね?」
『そう。でもまだ見つかってないはずだから、その場から動かないで』
「で、でも、いつまで……?」
『助けが来るまで。大丈夫。すぐ冒険者協会に通報するから、落ち着いて。パニックにならないで』
「は、はい……」
親切な視聴者さんが、今すべき行動を教えてくれる。
今の私にできることは、ただ救助を待つだけらしい。
しかし、あるコメントが目に入った。
『お前なんで冒険者やってんの?』
それは、私の心臓にチクリとした痛みを与えてくる言葉だった。
『さっきから見てたけど、冒険者舐めてるとしか思えない』
『それな。素人のくせにずっと喋ってばっかで警戒しないし、マジで冒険者として最低』
『冒険者やめろ』
『↑やめるも何もここで死ぬからw』
『葬式代です。¥50000』
悪意のあるコメント、というものだろう。
普段の私であれば、気にしなかったかも知れない。
けれど、言われてみれば納得する。
たしかに私は、冒険者というものを舐めていた。
冒険者ってもっと、心躍る冒険ってものだと思ってた。
でも実際は地味で、あんまり派手じゃない。
他のダンジョン配信者の動画は、戦いながら敵を分析して、必死の思いで打ち倒そうとしていた。
トークが大事? うん、それは普通の動画配信ならそうかもね。
けど、今の私は冒険者だ。
冒険しないのに、冒険者なんて名乗れない。
「すぅー、はぁー。よし」
『待て』
『ちょ、待て待て!!』
『アンチ共の声なんか無視しろ!! 今は命を大事にだ!!』
私を励ますコメントが流れてくる。
「……ごめん。でも、私が憧れた冒険者ってさ。笑っちゃうくらい強いモンスターが相手でも、死ぬ気で倒そうとする人だったから」
『死亡フラグ乙』
「死なないよ。だって私、冒険者だもん」
カメラに向かって、私は精一杯の笑顔を見せた。
大丈夫。
落ち着いて戦えば、どうにかなるはずだ。
「……行こう」
私を引き止めようとするコメントを無視して、私は歩き始めた。
裏ボスがいるところまで、道は一本しかないので迷うことも無い。
私は身体を震わせながらも、一歩一歩踏み出す。
「っ、いた……裏ボス!!」
通路を抜けた先は、広間だった。
四方五十メートルはあろうかという巨大な空間である。
その中央に佇む大きな影。
「っ、あれって確か……」
『ゴブリンジェネラル』
そう、ゴブリンジェネラル。
ゴブリンという小型モンスターの上位個体、だったかな。
それにしても、大きい。多分、三メートルはある。
私の身長くらいある棍棒を握っていて、見るからに凶悪そうだ。
不意に、ゴブリンジェネラルと視線がかち合う。
「……ほーん、人間さくるの久しぶりだべなぁ」
「っ、しゃ、喋れるの、貴方」
モンスターの中には言葉を話す個体がいると聞いたことはあるけれど、まさか向こうから話しかけてくるなんて思いもしなかった。
「……じゅるり。おめぇ、美味そうだなぁ」
「ひっ」
それは多分、捕食者の目だった。
私という餌を前にして、どう甚振ってやろうか考えている、すっごく怖い目。
私は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
でも、すぐに頭を振る。
こんなんでビビってちゃダメだ。
私は、冒険者になるんだから!!
「っ、い、行くわよ!!」
私はカメラが壊れないよう、またフィールド全体を映せるように入口付近に置いておく。
せっかくゴブリンジェネラルを倒しても、映像に残せなかったら勿体ないもんね。
そして、私はダンジョンへ潜る前にあらかじめ意しておいた安物のナイフと、先程宝箱からゲットした短剣を構える。
「すぅー、はぁー。大丈夫。私はできる。私は強い。私は無敵。どんな相手も怖くない!!」
自分に言い聞かせるように呟きながら、私は駆け出した。
無謀な突撃ではない。
ゴブリンジェネラルの動きを注視する。
大丈夫。あの巨体だ。小回りを利かせて足を止めなければ、攻撃が当たることはない!!
「あらぁ!!」
「っ、やぁああああッ!!!!」
振り下ろされる棍棒を躱し、ゴブリンジェネラルの太ももを切り裂く。
浅い。でも、たしかにダメージは与えた。
あとはこれを繰り返せば良い。
躱して、避けて、斬る。斬って、避けて、躱す。
「ごんのぉ、ちょこまかうぜぇなぁ!!」
「きゃっ!!」
五、六回攻撃を加えたところで、ゴブリンジェネラルは拳を振り下ろした。
棍棒ばかりに注意を払っていた私は、回避することが叶わず、咄嗟に腕でガードする。
鈍い痛みが走り、あまりの痛みに武器を手放してしまいそうになった。
でも、武器を落としたら攻撃の手段が減る。
なら、少しでもダメージを与えるべきだ。
「いでぇっ!?」
「うぐっ、えへへへ、ザマァみろ!!」
拳で殴られる瞬間、ゴブリンジェネラルの腕にナイフを深々と突き立ててやった。
こっちもダメージを負ったけど、向こうよりはマシなはず。
私はなんとか立ち上がって、武器を構えた。
しかし、ゴブリンジェネラルの様子がどうもおかしい。
「いっでぇ……いっでぇなぁ!! なにすんだぁ!! 弱いくぜにぃ!!」
「っ」
緑色だったゴブリンジェネラルの肌が、次第に赤く染まっていく。
そして、ゴブリンジェネラルが私の突き立てたナイフを引き抜くと、その傷は周囲の肉が盛り上がって塞がった。
どうやら私の反撃の一手は、ゴブリンジェネラルを怒らせただけだったらしい。
「うがぁああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
ゴブリンジェネラルが突進してくる。
それは、避けようにも避けられない、質量によるシンプルな攻撃。
ただの体当たりだけれど、私を殺すには十分な速度と威力だった。
「あ。終わった」
自分の死を直感する。
これ、完全に放送事故だ。
一応カメラの設定でグロいのは自動でモザイクかかるけど、完全にアウトな奴だわ。
思わず瞳を閉じて、ゴブリンジェネラルの攻撃から目を逸らしてしまう。
すると、頭の中に人の姿が浮かんできた。
それは数年前にモンスターのスタンピードに巻き込まれて死んじゃったお父さんでも、私の帰りを待っているであろうお母さんでもない。
小さい頃からずっと憧れていた、最高にカッコ良い冒険者。
つい昨日、何故か私以上の美少女になっちゃったおじさん。
「おじさん……」
「呼んだ?」
え? と小さな声を漏らしてしまう。
「待たせてごめんねぇ、ちょいと転移石を探すのに苦労しちまって。今度お寿司奢るから許して」
「……おじさん!!」
「おう。可愛い姪のために、美少女なおっさんがやって来ましたとも」
ああ、やっぱり。
私にとって最高にカッコいい冒険者は、おじさんだよ。
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