「嬉（うれ）しいわ、プレゼントを受（う）け取（と）ってくれて。貴女を怒（おこ）らせて私が文字（もじ）通（どお）り消（け）されちゃったら、どうしようかとハラハラしちゃった」

「そんなこと、しませんよ……第一（だいいち）、そんなことをさせないために、後（うし）ろに覆面（ふくめん）パトカーの集団（しゅうだん）が居（い）るんでしょ。何（なに）かあったら、私を社会的（しゃかいてき）に抹殺（まっさつ）できるように」

「やあねぇ、考（かんが）え過（す）ぎよ。高速道路の貸（か）し切（き）りに、邪魔者（じゃまもの）を入（い）れたくないから、彼（かれ）らには控（ひか）えてもらってるだけだってば。それに私だって、貴女を殺（ころ）すつもりなんか無（な）いからね。その気（き）なら貴女の体内（たいない）に、毒（どく）でも何（なん）でも押（お）し付（つ）けてるわよ」

　ちなみに後続（こうぞく）の集団（しゅうだん）は、車窓（しゃそう）がスモークガラスになっていて、どんな人が乗（の）っているのか私は見（み）たことが無（な）い。きっと私から暗殺（あんさつ）されることを恐（おそ）れているのだろう。失礼（しつれい）しちゃうなぁ、私は怪盗（かいとう）であって、殺人（さつじん）鬼（き）ではないというのに。

「プレゼントに付（つ）いては、ありがとうございます。私の誕生（たんじょう）日（び）が近（ちか）いからですか？」

「それもあるし、もっと貴女と仲良（なかよ）くなりたいからよ。もう夏が近いし、私も来年は受験（じゅけん）だもの。いつまでも貴女と遊（あそ）んでは居（い）られないわ……貴女が私に、捕（つか）まってくれない限（かぎ）りね」

　そう、そういう話（はなし）だった。『私が卒業（そつぎょう）するまでに、部活動を通（とお）して、貴女を改心（かいしん）させてあげる。もし貴女が改心しなければ、そのときは私の負（ま）けよ』と私の入学（にゅうがく）当時（とうじ）、先輩は言ったのだ。

　部活の追（お）いかけっこで、私が先輩に捕（つか）まったら、その時点（じてん）で私の負（ま）けだとも言われている。が、先輩は私を本気（ほんき）で捕（つか）まえようとしたことが一（・）度（・）も（・）無（・）か（・）っ（・）た（・）。結局、先輩は私の自主的（じしゅてき）な行動（こうどう）を待（ま）っているのだ。そして私は、色（いろ）んな意味（いみ）で、もう限界（げんかい）だった。

「先輩……私……」

　私が言いかけた、その時（とき）、闖入者（ちんにゅうしゃ）が現（あらわ）れた。貸し切りだったはずの高速道路を、後方（こうほう）から一台のバイクが追い越し車線から、停車中の私たちを抜（ぬ）き去（さ）っていく。ヘルメット無（な）しで、時速八十（はちじゅう）キロほどで何（なに）やら叫（さけ）んでいる。

「止（と）まりませんわー！　ＡＩ（エーアイ）システムの暴走（ぼうそう）ですわー！　助（たす）けてくださいましー！」

　電子システムで走るバイクらしい。お嬢（じょう）様（さま）っぽい少女が、素晴（すば）らしい大声（おおごえ）で助（たす）けを求（もと）めている。先輩の行動は早（はや）かった。瞬時（しゅんじ）にヘルメットを装着（そうちゃく）してバイクを動（うご）かし、後（あと）を追（お）う。そして、お嬢様が暴走バイクから振（ふ）り落（お）とされかけて──先輩は自（みずか）らが道路と少女の間（あいだ）のクッションになるかのように、走行中のバイクから飛（と）び降（お）りた。

　先輩が空中で、少女を抱（だ）きとめる。私は知っている。先輩はダメージを能力で無効化（むこうか）できるが、その効力（こうりょく）は一人分（ひとりぶん）だけだ。他者のダメージを無効化するには、その人に先輩が手を触（ふ）れている必要がある。

　先輩は少女のダメージだけを無効化し、自（みずか）らは犠牲（ぎせい）になるつもりで動いていた。そして少女と先輩は道路に、体を叩（たた）きつけられ──

「すべて（ワールド）私（イ）の（ズ）もの（マイン）」

　なーんてね。そんな惨事（さんじ）が起（お）こる前（まえ）に、私は能力を発動（はつどう）させた。異次元（いじげん）空間（くうかん）の中に、私と先輩、そして暴走していた少女がバイクごと出現（しゅつげん）する。この空間の中では時間が流（なが）れず、動けるのは私だけだ。少女を抱（かか）えて目を硬（かた）く閉（と）じている先輩が居（い）て、動きを止（と）めている。そんな先輩に近（ちか）づき、ヘルメット越（ご）しに、私は頬（ほお）にキスをした。

「いつも他人のために、無茶（むちゃ）をしすぎですよ。先輩」

　聞（き）こえてないのを良（よ）いことに、そんな言葉を掛（か）けてみる。この空間は、私の心にある虚無（きょむ）だ。中学生になってから、私の家庭（かてい）環境（かんきょう）は最悪（さいあく）になって、それが切（き）っ掛（か）けで私は能力に目覚（めざ）めた。半径（はんけい）一（いち）キロ以内（いない）のものなら何（なん）でも（人（ひと）でも物（もの）でも）、私は異次元空間に収納（しゅうのう）できて、自在（じざい）に取（と）り出（だ）すことも消去（しょうきょ）することもできる。

　と言うか範囲（はんい）を前方（ぜんぽう）に限定（げんてい）すれば、能力で数千（すうせん）キロ以上（いじょう）先（さき）の物（もの）を知覚（ちかく）できるし、私の異次元空間に入（い）れられる。平（ひら）たく言（い）えば、この地球上（ちきゅうじょう）で、私が盗（ぬす）めないものなど無（な）い。仮想（かそう）通貨（つうか）でも情報（じょうほう）でも、何（なん）でも手（て）に入（い）れて現金化（げんきんか）する術（すべ）を私は確立（かくりつ）していた。異次元空間の容量（ストレージ）は無限（むげん）かも知（し）れない。

　そして私は、こ（・）こ（・）が（・）大（・）嫌（・）い（・）だ（・）っ（・）た（・）。風（かぜ）さえ流（なが）れない独（ひと）りぼっちの閉鎖（へいさ）空間（くうかん）。早（はや）く、ここから出（で）たい。外（そと）の世界で、先輩と一緒（いっしょ）にバイクで風（かぜ）になりたい……

「ほら、先輩。起（お）きてください、とりあえず一般（いっぱん）道路（どうろ）にワープしときましたよ。私たちが消（き）えて慌（あわ）ててるでしょうから、覆面（ふくめん）パトカーの連中（れんちゅう）には先輩から連絡（れんらく）してください」

「……ああ、うん。ありがとう、お陰（かげ）で助（たす）かったわ」

　お礼（れい）なんて、と私は思った。私を孤独（こどく）から救（すく）い出（だ）してくれたのは、先輩の方（ほう）なのに。

　私と先輩、そして暴走してた少女はバイクと一緒（いっしょ）に一般道路の脇（わき）に居（い）る。ちなみに暴走してたバイクも私たちと同（おな）じく電動式で、私は異次元空間で燃料（ねんりょう）の電気（でんき）を盗（ぬす）んでおいた。これで走れないから、事故（じこ）も起（お）こらないだろう。暴走（ぼうそう）少女（しょうじょ）は気絶（きぜつ）していて、とりあえず立（た）てかけたバイクに、またがらせて寝（ね）かせている。

「このバイクは動かないから、ＪＡＦ（ジャフ）のロードサービスとかで帰（かえ）ってもらいましょう。ところで先輩。ちょっと私の手（て）を握（にぎ）ってもらえますか？」

「え？　手（て）を？」

　何（なん）だろうという表情（ひょうじょう）で、私が差（さ）し出（だ）した手（て）を先輩が握（にぎ）る。私は、用意していた言葉を伝（つた）えた。

「あー、捕（つか）まっちゃいました。私の負（ま）けですね、先輩」

　そう。とっくに私は負（ま）けていたのだ。中学の頃（ころ）から始めた窃盗（せっとう）行為（こうい）は、何一（なにひと）つ、私が抱（かか）える虚無（きょむ）を埋（う）めてくれなかった。心（こころ）の中（なか）の虚（むな）しさは広（ひろ）がっていく一方（いっぽう）で、あのままだったら私の人生（じんせい）は台無（だいな）しに終（お）わっていた。それが高校入学と同時に先輩と出会（であ）って、先輩は権力（けんりょく）を使って私の家庭（かてい）環境（かんきょう）まで改善（かいぜん）してくれた。

　先輩だけが、私を完璧（かんぺき）に理解して、正面（しょうめん）から対峙（たいじ）してくれた。銃（じゅう）で撃（う）ってきたり、下着（したぎ）を押（お）し付（つ）けてきたり、やり過（す）ぎなくらいの全力（ぜんりょく）で接（せっ）してくれて。こんな人は、もう今後（こんご）、私の人生（じんせい）には現（あらわ）れない。

「まずは気絶（きぜつ）してる、この人を起（お）こして、それから一般道路を走って帰（かえ）りましょうよ先輩。せっかく免許（めんきょ）を持（も）ってるんだから、ちゃんと法定（ほうてい）速度（そくど）で走って。もう勝負（しょうぶ）なんか辞（や）めて、これからは普通（ふつう）のツーリングを楽（たの）しみますよ」