第22話 近くて遠い
会場のホテルを飛び出し、大きく息を吸う。この時間、駅前の道は非常に混んでいる。バスやタクシーを使うのは得策ではない。
(どうする? 走るしかないか?)
目的はハッキリしていた。けれど方法は決まっていない。いたずらに動いて体力を消費するよりも、まずは計画を立てるべきだと判断した。
駅とは反対方向……つまり、研究所や学校へと繋がる道路を見る。片側二車線の道路とその脇の歩道だ。
サトルの意識は自分の身体から抜け出し、その道を真っ直ぐ進み、右へ左へ曲がってルートを構築する。するとセンカギケンの建物が見えてきた。ホテルからの距離と己の脚力から計算してみる。
(走って片道15分くらいか? それじゃ間に合わない!)
自分の足で走る案は却下。
そうなると残る手段は自転車くらいしかない。
しかし、今日はバスに乗ってここまで来てしまった。
(自転車の人を呼び止めて、どうにかお願いして借りる? それともカギのかかっていない自転車を探して盗む?)
どちらもダメだ。
こんなお願いが通る可能性は低いし、盗むなんて論外である。カギのかかっていない自転車を探し当てるのにも時間を食う可能性が高い。
(電動キックボード…… バイクや原付は免許持ってないし……)
心臓が鼓動を早める。どれか犯罪行為に手を染めないと事態は解決しそうにない。
しかし、そういった壁は容易く乗り越えられなかった。
「あれ? 大塚じゃない?」
ふと声をかけられてそちらを振り返ると、自転車を押した高校生たちがいた。
あまり話したことはなかったがクラスメイトの男子生徒たちである。最近はマヒロの発表練習に付き合ってくれて、よく顔を合わせるメンバーであった。
「大塚も戸森博士の講演見にきたの?」
「え? お前たちは?」
「あれだけ手伝ったんだからさ、本番でうまくいくか気になるじゃん?」
「そうそう。晴れ舞台を拝んでやらないとな」
「つーか、高校生でも入れるのこれ? すげーホテルだけど」
「関係者って言えば大丈夫だろ!」
「なぁ、大塚。ハジメちゃんいないの?」
口々に喋る。要するに暇だから冷やかしに来たのだ。
フリーズした思考が解凍されるまでコンマ5秒。
サトルはこれまでクラスメイトたちに見せたことのないような迫真の表情で接近した。
「ちょっ…… なんだいきなり!?」
「頼む! その自転車を貸してくれ!」
「え? 嫌だよ。貸したら俺が帰れなくなるだろ」
「頼むよ。いや、お願いします! 20分後に必ず返すから!」
「えぇ~……? 貸す理由が無いんだけど」
「お願いします!」
「お、おい…… やめろよ! こんなとこで土下座なんかするな! 目立って恥ずかしいだろ! なんでそんなに必死なんだよ! 分かった、分かったから!」
往来でいきなり土下座までしたせいか、クラスメイトたちはドン引きしていた。サトルの熱意に押されて渋々といった様子で自転車を貸してもらえることになる。
「助かる! あとで必ず礼はするから!」
感謝しつつサドルに跨り、在らん限りの力でペダルを踏み込んだ。
残り20分。
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