第13話 恐怖!鬼ごっこロボット襲来!
『あー、おはよう諸君』
今日の戸森博士の授業は体育館で行われる。2年1組の生徒たちは体操服に着替えて準備していた。
いつものようにマヒロ本人は現れず、リモートだ。命令されたサトルはキャスター付きの大型ディスプレイを「なんで俺が」と愚痴りながら運び込み、配線作業を済ませている。
画面にはグシャグシャ頭に白衣の少女が映し出されていた。首から下げたストラップ付きの栓抜きには王冠が引っかかったままになっている。
「あの、博士」
『ん。なんだ?』
「体調悪そうですけど、大丈夫ですか?」
カメラとマイクに向かって、女子生徒のひとりが心配そうに話しかけた。
クラスの殆ど全員が同じことを考えていただろう。それを代表した形となる。
指摘通り、マヒロは目の下にくっきりとクマを作って死にそうな顔をしていた。
『はっはっは、二日くらい寝ていないだけだから問題ない。どうだ、すごいだろう?』
「寝てない自慢するのはちょっと」
『と・に・か・く・だ。特別授業を始める。本日は体育だ。わたしが作り上げた鬼ごっこマシンから逃げ切れればキミたちの勝ちだ』
「「「えっ?」」」
戸惑いの声が一斉に広がり、みんながあたりを見回す。
その中でサトルだけが大きな溜息を漏らした。ディスプレイを運ぶ前に『鬼ごっこマシン』をセットアップさせられたのである。正体を知っているが故の反応だった。
「みんな楽しそうだね」
「困惑してるだけだろ」
すぐ隣の体操服姿のハジメは微笑んでいる。
スカートではなくハーフパンツになると腰の位置が高いことがよく分かった。つまりは脚がスラっと長い。二の腕も引き締まっていて、いかにも運動が得意といった身体付きだ。それでいて胸はボリュームがあり、体操服を押し出して自己主張をしている。機械だと知らなければ見惚れていたかもしれない。
「大塚くんは鬼ごっこ好き?」
「小学校以来だから好きかと聞かれても、微妙としか答えられないよ」
「でも、私と追いかけっこしたよね?」
「あれはお前が変なこと言い出したから逃げただけだぞ…… それと全然楽しくなかったからな? むしろ恐怖を感じた」
「えっと…… 怖がらせて、ごめんなさい?」
「うん。偉い。ちゃんと謝れて偉いな。語尾が上がり調子になってるけど」
「えへへ…… 褒められた」
「それに比べて、戸森先生の辞書に反省の文字は無いみたいだな」
モーターの駆動音と共にステージの袖から姿を現したのは、この前の腕相撲ロボットだった。ただし、キャスターではなく二本の脚が生えて自立歩行している。人間の下半身から箱と腕が生えた不気味な代物なのだが、滑らかな動作からはテクノロジーを感じさせた。
「なぁ、あの腕ってハジメのやつの何世代か前のものなんだろ?」
「そうだよ」
「じゃあ、あの脚もそうなの?」
「うん。あの『鬼ごっこマシン』はマスターがガラクタ置き場から引っ張り出して造ったの。バランサーの問題があるから逆間接にしたんだって」
確かに脚の曲がり方が人間とは違う。膝が後ろにあった。
『ふはははっ! 逃げられる範囲はバスケットコートの中だけとする! タッチされた者は白線の外に出るように! 制限時間は1ラウンド5分! そこから5分ずつ休憩を挟み、最後まで残った勝者にはキンキンに冷えたコーラを進呈しよう!』
「なぁ、おまえのマスターがテンションおかしくないか?」
「そう? マスターはいつでも元気いっぱいだよ」
「画面越しのせいもあるけど、デスゲームの主催者みたいなノリだぞ。どことなく捨て鉢にも見える」
「多分、疲れてるんじゃないかなぁ」
「なんだ、見たままだな。つーか、何かあったの?」
「実は……」
恐怖の『鬼ごっこマシン』が起動し、生徒たちが楽しそうな悲鳴を上げて散り散りに逃げ出す。ちょっとホラーな外見に反してマシンは機敏で、次々に生徒をタッチしてバスケットコートの外へと追いやっていった。サトルとハジメは一定距離を保ちつつ、バスケットコート内を丸く使って逃げる。その間に、マヒロの置かれている状況は把握した。
「つまり、人前で喋るのが苦手なのに講演しなきゃいけないってことか。その原稿作るのに寝る間も無い、と」
「そうなの」
「はぁ…… 聞かなきゃよかったなぁ」
いつの間にか、生き残っているのはサトルとハジメだけになっている。
逆間接の脚をゆっくりと踏み出しながら『鬼ごっこマシン』がにじり寄ってきた。外野からは声援とも罵声ともつかぬ声が上がってくる。
「くそっ! なんで大塚がハジメさんと一緒に残ってんだよ!」
「がんばって、ハジメちゃん!」
「くたばれ大塚ぁ!」
訂正。
辛辣な言葉はサトルに向けて、温かい応援はハジメに向けて放たれている。
ハジメの方はにこやかに笑ってクラスメイトに手を振るほど余裕があった。
胃が重くなって今にも逃げ出しそうなサトルとは大違いである。
「大塚くん、がんばろうね!」
「いや、最後のひとりになるまで終わらないんだろ。俺とお前しかいないんだから、どっちかが鬼に捕まって終了だぞ」
「そうなると、私がギセイにならなきゃ」
「なんでだよ」
「だって、AIはヒトよりも優先度が低いから」
「いや別にいいよ。俺が捕まって、さっさと終わりにする。ギャラリーもそれがお望みみたいだもんな」
「ダメだよ。大塚くんが捕まったら絶対にダメ」
ハジメが前に出ると、それを庇うようにサトルが前に出る。さらにその前にハジメが出て……と互いに、位置が入れ替わっていく。奇妙な譲り合いのせいでどんどん相手の射程内へと近付いていた。
『ははははっ! 麗しい愛だなぁ! しかし生き残れるのはひとりだけだ!』
「お前のマスター、激しく勘違いしているから後で訂正しておけ」
「愛? これって愛なの?」
「考えたくないけど、そう見えちまっているらしい」
「私は大塚くんに恋愛指導しているだけだよ?」
「え? これも指導の一環なの?」
「そうだよ。女の子はね、守って欲しいケースが多いの。そうじゃない子もいるからちゃんと相手を見極めてね」
「……ちなみにお前はどっちなんだ?」
「私? 私は……」
眼前の『鬼ごっこマシン』の膝が沈んだ。重心を前に向けて1本だけの腕を伸ばしてくる。
今はサトルが盾となって、立ち塞がっている状況だ。
(いやまぁ、こいつがどっちだとか別に構わないけど)
後ろから圧がかかるのを感じた。背中に触れているハジメが動こうとしている。
あれだけの運動能力があるのだから、数世代前のロボットから逃げ切るなんて造作もない筈だ。それが自分の前に出て盾になろうとしている。
(どっちでもいい。けど……)
力比べでは敵わない。でも自分でどうしたいかはハッキリとしていた。
だから「動くなよ」とわざわざ口に出さなければならなかった。
反応したハジメはピタリと動作を止める。肩越しに振り返ってみると、ちょっと意外そうに頬を緩めていた。
『鬼ごっこマシン』の間接のモーターが唸り、プラスチックの掌がサトルの肩に触れる。
それでゲームセット。腕相撲に引き続き、2年1組の勝者はハジメとなった。果たして真っ当な高校の授業なのかは疑問だが、レクリエーションとしては楽しめたかもしれない。
「あーあ、捕まっちまった」
やる気なさそうな声をあげて、さっさとバスケットコートの外に退場しようとする。
そんなサトルの横にハジメが駆け寄ってきた。
「えへへっ……」
「顔がニヤけてるぞ。コーラくらいでそんなに喜ぶなよ」
「賞品は大塚くんにあげる。私は飲めないから」
「そうか? じゃあありがたくもらっとくかな。あと、あまりくっ付くなよ。肩が当たってるぞ」
「これも練習だよ。本番の女の子のときに照れていたらカッコ悪いよ」
「本番なんて永遠に来ないから、変な期待しないでくれ……」
「期待してる。私は大塚くんの恋愛指導係だもの」
「はいはい。そうでしたね」
これから勝者を告げるコールでも入るかと思い、画面を見遣る。
マヒロはボサボサ頭を、重心のズレたコマみたいに揺らしていて何も喋らない。
それどころか大きく身体を傾けて……
(おいおい! 倒れるぞ!?)
異変に気付いたサトルがすぐに走り出した。目指す先は体育倉庫……マヒロの中継先である。
ディスプレイから白衣の姿が消えたかと思うと、ガタンと大きな音が響いた。
そこでようやく他の生徒たちも動き始める。
一番に倉庫に入ったサトルは、パイプ椅子から落ちて倒れたマヒロを見つけて駆け寄った。
「大丈夫か!? 戸森先生!!」
「……」
反応は無く、グッタリとしている。顔は土みたいな色で生気を失っていた。
サトルは入り口のあたりに集まってきたクラスメイトに向かって大声をあげる。
「保健の先生呼んでくれ! 戸森先生が倒れて頭打った!」
生徒たちは互いに顔を見合わせるだけで、焦っているが率先して動こうとしない。その空気に、サトルは舌打ちした。
2年1組の中で1番足が速くて、こんな場面でも的確に動けるのは……
「ハジメ! 保健室の先生をすぐに連れてきてくれ!」
「うん! わかった!」
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