第7話 彼女たちの正体

 美少女転校生をおぶって歩くというミッションは、サトルにとって想像の数倍過酷だった。何よりもまず目立つ。理科準備室から校門を抜けるまでの間に何回も声をかけられてしまった。その度に、一緒に歩いている戸森マヒロがフォローに入ってくれたが正直なところ誤魔化せたか怪しい。年上の従姉妹が疲れて寝ている……という体で喋っていたものの、挙動不審には違いない。

 加えて背中に当たる柔らかい感触に耐えなければならなかった。

 セーラー服の下に隠されていた双丘は想像よりも遥かにボリューミーで、戸森ハジメが着痩せするタイプだと思い知ったのである。だがそんな軽口を叩ける雰囲気ではなかった。背中に担いだクラスメイトは糸の切れた人形のように動かない。

 その理由については薄々勘付いているので敢えて触れず、マヒロの指示に従った。


 彼女の言う『ラボ』に辿り着くまでかなり歩く羽目になっている。

 学校を出てなるべく目立たぬように人通りの少ない道を選び、迂回に迂回を重ねたせいだ。

 目的の建物自体はサトルも知っていて、何度か前を通りかかったことがある。公園かと思うほど広い庭の真ん中に円形のコンクリートの塊が鎮座していた。勿論、中に入ったことなどない。


「ここがわたしのラボだ。その名も『先端科学技術研究所』で、略してセンカギケン! その宮前支部だかな!」


 白衣の子供は小径の途中で変なポーズを取って、表札を指差す。ここは宮前市だから、そのまま宮前支部ということだろう。

 どう反応すれば満足なのか分からず、サトルはとりあえず程度の拍手をしてみせた。しかし、おぶったハジメの身体がズレてしまったので慌てて抱え直す。


「おいおい、落とすんじゃないぞ!?」

「脱力した人間って重いんですよ!! そんなこと言うなら戸森先生がおぶってやればいいでしょ!」

「体格差を考えろ! ハジメとわたしは15センチ以上も身長差があるから無理だ!」

「まったく、なんで俺がこんな目に……」

「ぶつぶつ文句を言うな。中に運び込んでくれ」


 ラボの扉は自動で開き、マヒロが手招きしてくる。


「鍵をかけてないなんて物騒じゃないですか? 不用心だなぁ……」

「勘違いするな! わたしはそんなに抜けていない! カードキーを持って近づくだけで開錠される仕組みだ!」


 マヒロの後に続いたサトルは「うわっ」と顔をしかめた。コンクリート打ちっぱなしのお洒落な造りなのだが、内部は段ボールが積まれて通路が塞がれ、掃除が行き届いていないのか埃っぽい。さっきの理科準備室に似た妙な臭いも漂っている。


「こっち! こっちだ! メンテナンスベッドに寝かせてくれ!」


 奥から鼻声が聞こえたのでそちらに向かうと、大きな部屋があった。高そうな機械が並び、壁にはディプレイが埋め込まれて意味不明な図形やグラフを表示している。デスクトップパソコンが床に置かれていたり、その横に謎のケーブルがゴチャゴチャ絡まっていたり、空のカップ麺の容器が転がっていたり、とにかく汚い。机もあったが書類に埋もれており、隅っこには際どいバランスでロケットの模型が置かれ、宇宙服を着た男性の顔写真も飾ってある。

 言われるがまま、部屋の中央にあった台の上にハジメを寝かせてやる。

 台は身体の形にピタリと添う形で窪んでいた。マヒロは床に撫で出されていたケーブルの束を拾うとモバイルPCを取り出して繋ぎ、反対側の端部はハジメの首へと刺していった。ジャックが皮膚に触れると、その部分だけポカンと穴が空いていく。


「……やっぱり、ロボットなんだ」

「それは機械的労働力を意味する言葉だ。ハジメはロボットじゃない。完全自律人型AIだ」

「ロボットでしょ?」

「違うと言っている。この子は自分の五感でしか外部と情報のやり取りをしない。ネットワークに介在しないスタンドアローン仕様だ。例外はこの非常停止用の物理キーのみ。このキーから発する電波を受信したら一時停止してポートを解放、キーをうなじに差し込めば完全停止する」

「栓抜きにしか見えないんだけど……」

「瓶のコーラを飲むための利便性を追求した結果だ。ちょっと待っていろ」


 モバイルPCを床に放り出したマヒロは部屋の外へと消え、しばらくして瓶のコーラを2本持ってきた。

 非常停止用の物理キーとやらを使って王冠を開け、一本をサトルに差し出してくる。


「……ありがと」

「150円だ」

「金取るの!?」

「あたりまえだ。タダのわけがない。ウチの研究所は貧乏なんだ」

「ここまでこいつを背負って運んできたでしょ!? それくらい労ってくれてもバチは当たらないと思うけど」

「じゃあ50円に負けておく」


 喉が渇いて疲労が激しい。財布から取り出した50円を手渡し、代わりによく冷えた瓶のコーラを受け取った。

 一気に飲み干してようやく一息ついたが、何かが解決したわけでもない。

 あらためて台の上で目を瞑るハジメを見る。

 流石にこれほどのものを前にしたら興味が湧いてしまう。


「人間にしか見えないなぁ」

「ハジメの躯体には金がかかっているからな」

「まさか、ボディも戸森先生が作ったの?」

「基本的な設計はやったが、製造は『フューチャーロボティクス』という会社任せだ。まぁ、ルックスにはうるさく注文をつけさせてもらったがな」


 得意げな表情で鼻を鳴らすも、サトルの方は驚きを通り越して呆れていた。

 世の中にはAIが溢れていて生活の中にも入り込んでいる。けれどこんなにも人間そっくりに作られたものがあるなんて聞いたことがない。朝礼のとき、校長が戸森マヒロ博士のことを「天才科学者」と評していたがあれは本当だろう。


「じゃあ、俺はこれで帰りますんで……」

「待て。キミはこのまま帰れるとでも思っているのか」


 ガシッと制服の裾を掴まれてしまった。勿論、簡単に振り解くことができる。そのくらい弱い力だった。

 振り返ると年下の先生は頬を膨らませて、何やら言いたげである。ちょっと可愛いと思ってしまった。


「今日のことは口外しないので勘弁してください」

「殊勝な態度だが、そうもいかん。まぁ、座って話を聞いてくれ」


 キャスター付きの椅子を差し出されるが腰は下ろさない。


「どうした、座ればいいだろう」

「俺、じいちゃんの晩飯を用意しなくちゃいけないんで」

「食事などカップ麺か栄養バーでも食べてればいいだろう。これは大事な話なんだ」


 どう足掻いても逃してはくれなそうだった。

 諦めて椅子に腰掛ける。


「手短にお願いしますよ」

「単刀直入に言おう。わたしのラボは慢性的な資金不足だ。あちこちから研究費を援助されてはいるのだが、拘りすぎたハジメの躯体に予算のほとんどを使い果たしてしまった」

「はぁ、そうですか」

「このまま何の成果も出ないのはまずい。来年は研究費を出してもらえない可能性すらある。そこで思い付いた。政府肝煎りの計画に乗って実績を作ろうと」

「つまり…… テストで赤点だから、部活動を頑張ってアピールしようみたいな?」

「穿った見方をする生徒だな…… まぁ、いい。そんな感じだ。その政府肝入りの計画というのが『少子化対策』だ」

「???」

「ハジメは万能だ。人間と同様に思考を持ち、高い学習能力がある。だからハジメに『恋愛支援AI』として活動するように使命を与えた!」

「待って」

「完璧だ! 最早、向かうところ敵なし! 『恋愛支援AI』となったハジメを学園に送り込み、恋に臆病な若者たちの背中を押すことで少子化対策とする! この計画は政府に認可され、ハジメをセンカギケンから1番近い高校への入学させた。だがハジメだけだと不安なので、わたしも特別講師として潜入したのだ!」

「だから、待って」

「しかし、いきなり学園をピンク色に染め上げては学生の本分である勉強に悪影響が出るかもしれない。そこで使命の範囲を絞った。『クラスメイトで一番しょぼくれた奴をサポートして恋人を作ること』だ。難易度の高いミッションだが、ハジメならばやれる。そのターゲットに選ばれたのがキミというわけだな!」

「いくらなんでも失礼でしょ!? 俺がしょぼくれてるって!?」

「言い分は後で聞こう! まぁ、原因は調べるがハジメの方はちょっと張り切りすぎてしまったようだな。初日から非常停止する羽目になるとは」

「張り切りどころか暴走してましたよ、こいつ! 目なんて赤く光ったし!」

「あぁ、あれか。あれはわたしの趣味で付けた機能だ。カッコいいだろう?」

「いや、確かにカッコよかったけど……」

「そんなわけで協力してくれ、キミ! えっと、名前は?」


 これだけの分量の会話で、ようやく名前を聞いてきた。

 肉体的な疲れの上に精神的な疲れが上乗せされ、あらゆることがどうでもよくなる。

 サトルはぐったりと椅子の背もたれに体重をかけて天井を見上げながら答えた。


「2年1組の大塚サトル」

「サトルか。そうか、サトルだな。よし。話の大筋は見えただろう。だから協力してくれ。ハジメの恋愛支援により、キミに恋人を作る」

「断ります」

「即答!?」

「面倒臭いんですよ、カノジョなんてできても」

「なんて現代的な若者らしい答えなんだ……」

「いや、戸森先生って俺よりも年下でしょ?」

「精神は老齢の域に達しているんだ。一緒にしないでくれ」


 これだけテンション高くはしゃぐのだから、十分に幼いと思う。

 そんな素直な意見は心の中だけにしまっておいた。


「とにかく、嫌ですよ俺。恋人なんて要らない。他をあたってくださいよ」

「ダメだ。ハジメがキミをモニターに選んだ以上、コロコロと変えるわけにはいかない。選定段階の判断能力を疑われてしまっては、成果として十分なものにならないんだ」

「でも……」

「よ、よし! それならばサトルにもメリットのある話にしよう! とにかく引き受けてくれれればいい。結果は二の次だ。代わりにサトルの欲しいものを言ってくれ! 見ての通り、わたしの研究所にはお金は無いからそれ以外で!」

「欲しいものって言ってもなぁ……」


 物欲はすぐには浮かばず、目を伏せて腕組みしてみたが時間だけが経過していく。

 急に欲しいものなんて言われて思いつくわけもない。


「なんだ? もしかしてサトルには欲が無いのか? 普通、欲しいものを聞かれたら答えられるだろう」

「悪かったですね。そんな急に欲しいものなんて……」


 ゼロではないが脳裏に過ぎるビジョンは不鮮明だ。言語化もできない。

 次第にマヒロは苛立ちを見せる。


「えぇい! 早くしろ! 何かあるだろう!? これがしたいとか、あれになりたいとか!!」

「えーっと……」


 グイッと顔を近付けられ、あまりの迫力にサトルは仰け反った。

 なお、マヒロは汗臭かった。喧嘩を売るつもりもないので指摘しないでおく。

 昨日と同じく先生に詰め寄られている。その先生という立ち位置もマヒロと岩崎先生でまるで違っていたが、サトルの中で記憶がフラッシュバックした。

 放課後の生徒指導室での出来事。やや呆れ気味の担任から出た言葉。


「じゃ、じゃあ……」


 追い詰められて、咄嗟に頭に浮かんだのは切実な問題だ。

 欲しいかと聞かれれば欲しいし、必要なものでもある。無ければ間違いなく困るが、かと言って具体性は全くない。


 どうにか絞り出した声は、自分のものとも思えないほど弱々しかった。

「俺、就職先が欲しいです……」

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