第4話 放課後呼び出しはフラグ
休み時間では隣のクラスからもハジメを見に来る生徒が現れた。
さらに居心地が悪くなって、サトルは教室の外で過ごすことになる。休み時間が終わるギリギリのタイミングでクラスに戻ってみると三度、ハジメが同じ微笑みをしてきた。
(さすがに考えすぎだろ俺。でも……)
そそくさと帰宅しようとしたところ、下駄箱の中に手紙が入っていた。
プリント用紙を二つに折っただけで飾り気はない。恐る恐る開いてみると「16時 裏庭で待っています」と綺麗な文字で書かれていた。
多分、ハジメの仕業だろう。そう直感する。
(無視するか? でも、そんなことしたら……)
圧倒的なルックスで、転校初日から人気者の座に登り詰めた女子である。下手なことをするとサトルの悪評を立てられかけない。
ここは穏便に済ませるべきだ。そう自分に言い聞かせて、裏庭へ向かう。
ちょうど空が暗い雲に覆われ始めて不気味だった。微かに湿った空気は、雨を予告している。
沈む気持ちをどうにか奮い立たせて裏庭に到着した。
庭とはいっても、校舎の裏側が山になっているので建物と傾斜に挟まれた細長いスペースに過ぎない。あまり陽が差さず、ブルーシートをかけられた廃材が並んでいるような場所だ。最奥は行き止まりになっていて、急斜面か校舎の壁を登る覚悟がなければ抜け出せない。
「戸森……さん?」
声をかけてみたが誰もいない。
仕方なく奥に向かって進むと、周囲がどんどん暗くなっていく。
廃材の影にでも隠れているのか、戸森ハジメの姿はどこにも見当たらなかった。
「……なんだよ、呼び出したくせにすっぽかしたのか」
実は安心したのだが、それとは反対の言葉を吐き出す。
胸を撫で下ろして踵を返すと……さっき通ってきた細長いスペースの先にハジメが一人で立っていた。見慣れぬセーラー服の不意打ちに、サトルは腰を抜かしてしまう。
「ごめんね、待った?」
距離はだいたい3メートルくらいか。相変わらずの魅力的な笑顔である。この笑顔は僅か数時間で学年中の男子を魅了したと言っても過言ではない。
ハジメは艶やかなロングヘアを揺らし、小さな足音で近づいてきたかと思うと倒れるサトルに向かって手を差し伸べてきた。
「大丈夫? 立てる?」
「あ、あぁ……」
サトルも手を差し出す。すると予想外に強い力でグイッと引っ張られて立たされた。指先は女の子の身体とは思えないほど冷え切っている。
今、サトルの心臓が脈打っているのは照れではなく、プレッシャーが原因だ。
立った状態で初めて向かい合ったが相手の顔を直視できない。身長ならサトルの方がずっと高いのに、小さく縮こまってしまった。
「呼び出しに応えてくれてありがとう」
「な、何か用? 俺、忙しいんだけど」
「ごめんね。すぐ済むことなの」
口元でかわいらしく手を合わせているが、解せないという気持ちが強い。何かとてもつもなく面倒なことになりそうな予感がした。
「大塚くんは『付き合ってる子はいない』って言ったよね?」
「あぁ、言ったけど。それが?」
「女の子とお付き合いするつもりはないかな?」
「えっ……っと……」
ほら、面倒なことになった。
この場に来てしまったことを激しく後悔し、一応は考えてみる。
異性と付き合う。それは青春の1ページにおいて大きなウェイトを占める。そのためだけに生きている奴だっているほどに。
だがサトルからしてみれば、バカらしくて無駄なことに思えた。
脳内でシミュレーションが始まり、ハジメと一緒にカフェに行く光景が思い浮かぶ。全く同じ動作で微笑むカノジョに、必死に取り入ろうと弁を並べる自分。それから小遣いを削ってプレゼントを渡す自分。どうにかキスに持って行こうとタイミングを見極める自分。大事な時間や金が吹き飛んでいって最期には……
『ごめんね。他に好きな人が出来ちゃった』
カノジョだったハジメは、別の男の腕に抱き着いて冷淡に去っていく。
これまでの積み重ねが一瞬にしてパーになった瞬間だ。
なお、ここまですべてサトルの妄想である。
(アホくさ)
恋愛なんて面倒だ。
誰かを好きになって一体、何をしようっていうのだ?
その誰かから好かれようと取り繕うことにどんな意義が生まれる?
相手の一言ですべてが終わる。そんな風に身を委ねるつもりなんて馬鹿げている。
(だいたい、俺にはそんな価値なんて無い)
目の前の美少女は祈るみたいに手を組んでサトルの言葉を待っていた。
朱色に染まった頬は期待に満ちている。
(こんなに美人なんだから、もっといい相手が見つかるだろ)
長きに渡る後ろ向きな妄想の末、ようやく決心が付いた。静かに息を吸い込んで、やっとのことでハジメの目を見る。虹彩の奥にある丸い輪がクルリと回って縮んだ……ような気がした。
「あのさ、俺は女の子と付き合うつもりはないから」
後ろ髪を引かれなかったと言ったら嘘になる。
けれど、これが正解だと断言できた。
ハジメの顔はみるみるうちに青くなり、サーッと血の気が引いていく。
「男の子が好きなんだ? 知らなかった。ごめん」
「いや、そうじゃねぇよ!! とんでもない勘違いするな!!」
「じゃあ、熟女が好きとか? 岩崎先生ならどう?」
「岩崎先生はぜんぜん熟してないだろ。失礼だな、お前!?」
担任の姿が思い浮かぶが、あの人は三十歳手前だ。熟女にカテゴライズされたと知ったら静かに怒るだろう。
(もしかしてこいつ、天然ボケか?)
顎に手を当てて唸っているハジメは真剣そのもの。
しかし、これまでの行動から鑑みると不思議ちゃんと評しても差し支えない。
転校初日でいきなり隣の席の男子生徒を校舎裏に呼び出すような女の子だ。美貌もさることながら、ただものではない。
「私、大塚くんにカノジョができないと困っちゃうんだけど」
「なんでそうなる!? 意味分からん!! というか、戸森さんが俺と付き合うんじゃないのかよ!?」
「違うよ。私は大塚くんの恋を応援したいだけ。だから『女の子とお付き合いするつもりはないかな?』って確認したの」
「いやいやいやいや、言ってることがおかしい! なんで芽生えてすらいない恋を応援されなきゃいけないんだよ! 転校初日の女に!!」
どうやらハジメと付き合って欲しいわけじゃないらしい。その点だけはサトルにとって救いだった。
「そっか。大塚くんは未だ女の子の魅力を知らないんだね!」
「その結論に至った理由をちゃんと説明しろ!」
「大丈夫、任せて!」
慌てふためいくサトルの身体を押し、あろうことか校舎の壁に押し付けてくる。心臓のキャパシティは一気に限界に達し、過剰な血液が全身へと回った。脚の力が抜けたサトルはしゃがみ込んでしまい、その上にハジメが覆い被さる。
息が吹きかかるほど二人の顔は近い。端正な造りに見惚れるよりも先に、大型の獣に睨まれたかのような恐怖が込み上げてきた。
「ひっ……」
逃げ出そうとした途端、ハジメの腕に力が篭って胸板が押された。それだけでもう右にも左にも動けない。体格差があるのに腕力は相手の方が圧倒的に上だった。
「目を閉じて、大塚くん。女の子の魅力を教えてあげる」
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