第27話 後日談~離任式

 少し前まで通っていたはずの高校だが、すでに懐かしさを感じる。私服の卒業生がたくさん集まっていた。

 学校を移動する先生方が、壇上で話す。その中に小野寺先生の姿があった。

 美羽達も私服の集団の中にいた。

 離任式が終わり、在校生が体育館から出ていく。美羽達は小野寺先生のもとに向かった。

「おう! お前ら来てたのか!! 私服だとへん・・・いや、感慨深いな~」

 すかさず辻が突っ込む。

「あ~!! 先生、今、変って言いそうになりましたよね~」

「言い直しただろ? お前らに会えなくなると思うと寂しいな~」

 小野寺先生は、誤魔化すように早口になる。

「小野寺先生は、寂しくありませんよね? 何てったって後藤先生との新生活が待っているのですから」

「お前らと会えなくなるのが寂しいって言ってるだろ~?」

 後藤先生と小野寺先生はあれから順調に愛を育み、結婚を決めた。辻や青木にからかわれていたが、小野寺先生が怒ることはなかった。

 夫婦で同じ学校にいるわけにはいかないので、赴任期間の長い小野寺先生が移動することになったのだ。

「僕らは後藤先生と会えなくなるのが寂しいですね~。でも連絡はとれますから」

 卒業と同時に生徒ではないのだからと連絡先を教えてもらったのだ。

「お前ら、進路は決まったんだろ?」

「はい。俺と美羽、小林は東京です。北野と橋場は地元で、辻と西原が地方ですね」

 辻は見事医学部に合格した。他の皆もほとんどが国公立志望だったので、一ヶ月前まではヒーヒー言っていた。部活の時間まで勉強していた成果が出て、全員志望校に合格することが出来た。

 地元を出るメンバーが引っ越し準備で忙しくしていたので、全員で集まれたのは久しぶりだ。

「大学、楽しむんだぞ」

「もちろんですよ。帰ってきた時に遊びに行かせてくださいね~」

「おっ!! マジか?」

 少し怯んだ小野寺先生に、青木が駄目押しする。

「大丈夫です。後藤先生に交渉するんで」

 小野寺先生がタジタジになっているところを見て、一頻り笑い、学校の体育館を出た。



「ところでさぁ~、あんた達って、まだ付き合ってないの?」

 青木とは仲良くしているが、「付き合おう」と口に出したことはない。

 クラスが変わっても探偵部で会い、一緒に帰って、毎日連絡をする。休みの日には自然と二人で出掛けて、肩が触れあう距離で歩く。ちょっとした買い物にも行ったし、図書館デートもした。青木が行きたいと言う博物館の企画展も行ったし、クリスマスのイルミネーションも行った。

「もう! この意気地無し!!」

 皆も呆れた顔をしている。美羽達が付き合ってと知っている人の方が少ないだろう。

「この意気地無しに、手を出されそうになっても許しちゃダメだからね~」

 彩夏がギューっと抱きついてきた。

 辻達も「いくら青木といえども、それはないな」とはっきり口にしている。


 青木が首を絞められそうなので言わないが、ホッペにチューはされている。

 大学の合格が決まったあと、二人で出掛けた。

 暗くなってきたが、まだ早い時間だったので、家の近くの公園で話していた。

 思い出話が面白くて、笑ってそのまま青木に寄りかかった。しばらく笑って体勢を立て直すと、不意に頬に柔らかいものが触れたのだ。

 驚いて青木を見ると、赤くなって焦っていた。

 「ごめん」と視線をそらす青木に、嫌ではないと伝えたかったのと、不意打ちが悔しかったのとで、美羽は反対側の頬を差し出して「むぅ~」と、指差したのだ。

 驚いてから、ゆっくり近づいてきた青木の唇が優しく触れる。柔らかくて温かかった。

 美羽が嬉しそうに笑うと、青木は罰が悪そうに手を繋いで家に向かって歩き出したのだ。

 ちょっとだけ、今日なら言ってくれるかもと思った美羽は、少し残念に思った。

 もうすぐ家というところで「ちゃんと言うから」と青木の声が聞こえた。


「そういえば、最寄り駅も一緒じゃない? 美羽、この束縛男から逃げたくなったら遠慮なく言うんだよ~!!」

 思い出して騒ぎだした彩夏の言葉に、皆が呆れる。

「最寄り駅まで一緒にしたんですか? さすがに引きますよ」

 辻が顔をしかめる。

「それは……」

 青木はいつもの勢いもなく口ごもっている。意外と『意気地無し』と『束縛男』にダメージを受けているのかもしれない。

「それは、うちのお母さんのせいなの!!」

 受かった大学は違うのだが、青木のことを気に入っている母が、青木の下宿先を聞いてこいと煩くて、聞いてきた結果がこうなってしまったのだ。

 初め、仲のよい男の子と家を近くすることに難色を示していた父親も、「どこの馬の骨かわからない男に美羽をとられるくらいなら、青木くんの方が安心」の一言に渋々許してしまった。

「青木くんが近くにいれば、変な男に引っ掛からないって……」

「それは多いに納得ですが、青木が悪い男になる気がするのは、僕だけですかね~」

 青木がブスっとした顔で反論する。

「辻の悪い男の定義はなんだよ~!?」

「まずは、しっかりと告白することですね~」

 それを言われると青木は黙るしかない。

「わかってるよ!!」

「美羽~!! 青木がわかったって言ってるよ~!!」

 頷いたものの、「本人から聞いていた」なんて事はいえない。

 「夏休みに遊ぼう」と言い出した辻に、「GWだ」と言い張る北野。そのあとは、GWの途中の平日が休みなのかどうかで議論になってしまった。

 だれも大学生の兄弟はいなくて、結局結論はでなかった。


 散々、大騒ぎしたあと、少しの寂しさと共に「またね~」と言って別れた。

 スマホがあるのだ。会いたくなったら連絡すればいい。

 一人で進学する大学への不安はあるけれど、美羽はしっかり歩んでいける。

 仲間がいるのだから。

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蝶のハネ 翠雨 @suiu11

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