第20話 持ち物紛失
数学準備室で涼みながら、全員が揃うのを待っている。今日は探偵部の次の活動を考えるらしい。それぞれ家で考えて来ているはずだ。
いつも通り辻が勉強し始め、その様子を感心して見つめる。
──目標に向かって頑張ってて、偉いなぁ~
美羽の文理選択は、文系で出してしまった。文転はできるから迷っているなら理系っていう話も聞くけど、どうしても理系のクラスにいる自分を想像できなかったのだ。
わぁわぁと騒ぎながら北野と西原が到着すると、辻が問題集を閉じた。青木が「じゃあ、始めます」と声をかける。
「青木くん。ちょっといいかな」
後藤先生が、振り替える。
「私も話に入れてもらってもいいかな」
途端に嬉しそうに声を上げる北野。
「探偵部の顧問っすね!」
「正式な部活として認められるためには、顧問が必要なんでしょ。それから生徒会の承認かな。まぁ、正式でなくても十分活動はできるだろうけど」
バンドを組んだり、ダンスグループを作ったり、部活とは別に活動している個人と同じ扱いだ。生徒の主体性を重んじる我が校では、迷惑さえかけなければ下校時間までの活動が認められていた。
「それについては悩んでいるんですよ。いろんな人に広めたいと思う反面、人数が多いと収拾がつかなくなるんじゃないかと」
数学準備室も手狭になってきている。
「そうねぇ。青木君が卒業して活動が無くなってしまうのなら部活にする必要はないかなぁ」
美羽は、「確かに!」と呟いた。
部長は青木以外いないと思っていたが、高3で引退するころには後輩の中から部長を決めなくてはならない。
辻が小さく手を挙げて、話し出した。
「僕の提案にかぶるんですが、文化祭のイベントを今から本気で考えて、後輩が興味を持ってくれるなら部活にしてもいいんじゃないですか」
これからの活動が話題に出たので、皆の希望も聞いていった。
北野は出掛けたいそうで、西原と多香子は、何をする部活なのかわかっていなかったらしい。
「ミハネは?」
「私!?あ、あの。参加型のイベント以外にも、キットや本なんかもあって、皆で解きながら、文化祭で使えるものを探すのがいいんじゃないかな」
文化祭は今年は少し手伝っただけだった。受付をしているところを見ても閑散としていて忙しい印象はない。来年は人数もいるし、準備期間の無かった今年とは違って、来年は凝ったイベントで人を集めたいと思ったのだ。
「ミハネさんも文化祭ですか!? やっぱり今年の文化祭はさびしかったですよね~!! 来年こそは、たくさん人を集めて人気イベントにしたいですね!! それで、後継者問題が解決できそうなら正式に申請するってのがいいんじゃないですかね」
「じゃあ、参加型の謎解きとか、本だな」
「本とキットなら、うちにいくつかありますよ。今度持ってきますね」
青木の言葉に、テンションが上がった辻が嬉しそうに言う。
──青木も探偵が好きすぎて変なやつだけど、辻くんも変わってるかも?? 辻くんは謎解き好きみたいだけど。
「今後の方針はそんな感じで、問題があるたびに考えていきましょう。ところでG先生は最近どうですか?」
急に話を振られた後藤先生はビックリしたようだが、すぐに話してくれた。
「夏休み中に松本先生が注意してくれたようで、最近は大丈夫なの」
「松本先生、やるぅ~!! どの先生かわからないけど!」
北野の言葉に皆で笑う。自分がお世話になっている先生以外は名前と顔が一致していない。青木以外は松本先生を知らなかった。
青木は部室や顧問を探しているときに、松本先生を候補に考えたことがあるらしい。
偏見かもしれないが、謎解きなどを中心にやるのであれば、理系の先生の方が受け入れてもらえると考えて数学の先生を先に調べたようだ。
その過程で、後藤先生が一人で数学準備室に籠っていることを知る。さらに飯塚先生にこともあり、後藤先生にターゲットを絞ったらしい。
ターゲットにされた後藤先生は、始めこそ戸惑ったものの、今では皆がいてくれて良かったと言ってくれている。実は、松本先生も探偵部に興味を持っているらしい。
「じゃあ、謎解きをやる前に、学校の作りとか備品とか確認しておいた方がいいな」
青木がやる気になった。
「では、地図とか作りますか?」
「辻~?? それはメンドイ!!」
「僕!! 地図、書きます!! 僕もやりたいです!!」
声が裏返っているのは西原だ。勢い余ってテーブルに乗り上げている。
「あ、あの、私も!!」
多香子も声を上げる。
「もちろん二人は貴重な戦力ですよ! ねぇ、北野君?」
「わぁ~わかった。面倒だけど、地図だな。俺は書かないぞ! 見に行ったりするなら出来る」
辻がルーズリーフを取り出していると、
コン、コン、コン
小さなノックが聞こえた。
「誰かしら?」と後藤先生が出迎えると、「あらら? 小林さんじゃない。今日は部活だったんじゃ? それに、え~っと」
入ってきた彩夏が、なんか不機嫌そうだ。
一緒にいるのは、部活の人だろうか。彩夏と同じくらい日に焼けている。綺麗な人で、スレンダー。ラケットを握ったら似合いそうだなぁ~と美羽が考えていると、彩夏が皆に頼みがあるという。
「藤崎先輩のラケットが無くなっちゃったんだ」
憤りを感じる彩夏の声とは反対に、先輩は申し訳なさそうだ。
「やっぱり、皆さんを巻き込んだら迷惑じゃないかしら?」
「先輩! そんなことを言っていたら、いつまでもラケット、見つかりませんよ! それに、探偵部を名乗ってるんです。こいつら、謎は、大好物ですよ」
辻と青木が椅子を寄せると、彩夏と藤崎先輩の座る場所を作った。
「解決できるかはわかりませんが、お話伺ってもよろしいですか?」
「こいつらは、皆一年で、私の友達。テニス部とも関係ないから、話しても大丈夫です。最悪でも、話してスッキリすると思うんで」
意を決したように藤崎先輩が話し出した。
「始業式の日にラケットが無くなったの。朝、部室に置きに行ったはずなのに、私のものだけ無くて。部室にあるはずとあちこち探したけど見つからなくて。その日は練習に参加できなかったの」
次の日、早く来て部室を探したけど見つけられなかった。その日は家にあるスペアのラケットを持ってきていたから練習には参加できたそうだ。帰るときに男テニの大島先輩に「これ? 藤崎の?」とラケットを渡されて驚いたらしい。
昨日あれだけ探して見つけられなかったのに、どこから出てきたのか?
大島先輩によると、靴箱の上、奥の方に乗っていたとか。背の高い大島先輩が何かあると思って確認したらラケットだった。名前を調べて返してくれたそうだ。
ラケットが戻ってきて安心していたのだが、今日もラケットが無くなってしまった。部室に置かず教室に持っていったのにも関わらず。
「邪魔になるから、後ろに置いておいたの。部活に行こうってときに無いことに気がついて、教室探してもなかったから、もしかしてと思って靴箱に行ったの。私の身長ではちょっと見えなくて椅子を引っ張って来ているときに彩夏ちゃんと会ったの」
青木も辻もじっと話を聞いていた。藤崎先輩の話が終わると、辻が質問した。
「今探したのは、教室と靴箱だけですか?」
「靴箱は彩夏ちゃんと一緒に探したけど、教室は一人だったし、焦ってたから見逃しがあるかも」
先輩は、自分の行動を思い出すようにゆっくりと話す。
「藤崎先輩って、前に小林がすごく上手いって言っていた先輩?」
これには、彩夏が答えた、
「そう! そう! 県大会も勝ち上がるんじゃないかって、言われているんだから!! だからこそ、地区大会前の大事な時期に練習が出来ないのは大打撃なんだから!!」
「県大会も勝ち上がるのは買い被りすぎ~」
興奮する彩夏に先輩が小さくなる。
「先輩の練習を妨害する目的でしょうか?」
「その可能性もあるけど、先輩モテるから、先輩の持ち物がほしかった人が持って帰ったとか? 持って帰って、罪悪感から次の日に返してきたんじゃ?」
彩夏はプリプリと怒っている。
「小林、ちょっと考えてみろ。そうだとしたら何でもう一回盗むんだ?」
「う~ん。やっぱり欲しくなった?」
「欲しくなったのなら、恋愛関係ではなくて、ラケットが高価な可能性の方が高いんじゃないか?」
「先輩のラケット。確か、有名ブランドの………」
「上位モデルなの。高いものはもっと高いけど、高校生が使っているランクのものでは高い方かも」
「でも、青木、何で恋愛関係じゃないの?」
「恋愛関係なら、ラケットは不自然だろ。盗むにしても大きすぎる。だったら、普段使っている文房具とかのほうが盗みやすいだろ?」
「う~ん。藤崎先輩のこと好きな人が犯人だと思ったんだけどな~」
「教室を見に行ってもいいですか?」
青木が立ち上がる。
大人数で行って迷惑にならないだろうか?
「私達……」
美羽の考えていることは顔に出ているようだった。
「ラケット探すんだから、皆で行くぞ」
全員で三階に向かった。
21HRの教室にはいる。時間的に残っている生徒はいなかった。
教室の作りは一年と同じ。教室の後ろに全員分のロッカーが並んでいる。
上下に二段になっていて、縦には細かく分かれている。後ろに全員分のロッカーがあるために、一人分は狭い。持ち帰らない教科書などを工夫して詰め込んである。
ラケットのサイズを考えると、ロッカーにはどう考えても収まらない。
先輩がロッカーの上を指差して、「ここに置いたの」と言う。
青木が教室のなかを見渡している。入り口近くに張ってある時間割りの紙を見に行くようだ。
足音が近づいてきて21HRの近くで止まる。
「藤崎!! ここにいた! 練習は?」
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