第19話 新学期
朝の時間は涼しい風が吹いてくるようになった。昼はまだまだ灼熱で真夏のようであるが、今は少しだけ秋の訪れを感じることができた。教室に一番乗りかと思ったら、同じクラスの野球部の子がすでに来ていて、必死で課題を写している姿があった。
軽く挨拶を済ませると、スマホを取り出し、メッセージアプリを立ち上げる。
日付を遡っていくと、『暑いな』などの簡単なメッセージが並んでいた。だんだん最近のものにスライドすると、『明日は雨らしいぞ』という青木に『やだな。雷怖いんだよね』と返している。それに青木は『雷なったら俺に連絡しろ』と返してくれた。
実際の雨は雷が鳴るほどの大雨ではなく、『雷鳴らなくて良かったな』と送られてきていたが、もし雷が鳴っていたら青木はどうしていたのだろうか?
そんなことを考えていたら、自然と口許が緩み笑いが漏れてしまっていた。
「ミハネ! おっはよう! 今日も可愛いね!」
「サヤ~。やめて~」
「うふふふふふふ」
彩夏は自分の机に荷物を下ろすと、美羽が座っている椅子に無理矢理座ってくる。テニス部で鍛えた引き締まったお尻で押されて、美羽のお尻は半分くらい椅子からはみ出してしまった。
「それで、青木とはどうなってるのよ」
恥ずかしそうに小さな声で答える。
「なんにもなってないよ~。もう~」
「そ~んな訳、ないでしょ~」
「ホントだって~」
彩夏が腕にしがみついて、身体を揺すってくる。
「お前ら何してんだ?」
「あっ!青木!」「おはよう」
単語帳を手に持った青木がいた。
「あぁ、おはよう。お前ら、もうすぐ課題テストだぞ。勉強しろ」
「あっ!青木が単語帳の正しい使い方してる」
青木が単語帳をもって人間観察をしていたことを言っているらしい。
「俺は、いつも正しい使い方だ」
これは言い争いになるなと思っていたら、彩夏が美羽に抱きついて、青木に「ベー」っと舌を出した。
「なんだよ」
「女の子の特権なんだからね~。ミハネにこんなことしても怒られないんだから~」
そう言いながら、ギューと抱きついて首もとに顔を寄せてきた。
「お、おい! くっつきすぎだ!」
何故か赤くなって焦る青木は、彩夏を美羽から引き剥がしたいようだ。テニス部で鍛えた彩夏は、ワイシャツの袖を引っ張るくらいではびくともしない。
「青木に文句言われる筋合いはないもんね~」
彩夏の吐息が首にかかりくすぐったい。
「やだぁ、サヤ、くすぐった~い」
クスクス笑う美羽に、彩夏がさらにじゃれてくっついてくる。
「課題テスト、失敗しても知らないぞ」
「おぉ~、こわ!!」
彩夏は両腕をさすり怖がったふりをしているが、少し位は問題集を開いた方がいいかもしれない。
ガサゴソと単語帳を取り出すと、彩夏が眉を潜めた。
「あぁ~、ミハネが青木に染まった~」
青木が自分の席から、「はぁ~??」と反論している。
「サヤったら。一緒に確認しよ~」
テストの範囲のページを開こうとページに指をかければ、夏休み中に幾度となく開いたページは癖がつきすぐに見つかった。
「ミハネ、偉い~」
蛍光ペンで印をつけたり書き込んだり、付箋も幾つか貼ってある。夏休み中に勉強した跡だ。テストに関しても今までのような不安はなかった。
そうは言っても、満点を取れるようなテストは作らないだろう。おそらく平均点は半分くらいってところだ。
──平均点は取れるはず
ものすごい時間勉強をしていた辻には敵わないし、青木にも敵わないと思うが、美羽にとっては充実した夏休みだった。
「ミハネが頑張るんなら、私も勉強しようかなぁ~。でも、絶対、新人戦は見に来てよね~」
「サヤでるの?いつ?」
「9月のどっか。調べてくる。絶対に教えるから!!」
「探偵部にも声かけないとね」
「え~、まぁ、ミハネだけきてくれればいいんだけど、一人で来させるわけにはいかないし~。青木は声かけなくていいよ」
「ふふふ。また、そんなこと言って」
辻は探偵部で出掛けることを思いの外楽しみにしているようで、一緒に行ってくれそうだ。多香子もお小遣いが入ったと嬉しそうにしていたので、予定さえ空いていれば一緒にきてくれそう。他のメンバーにも声をかけてみるつもりだ。
少しだけ憂鬱になった気持ちを抱えて数学準備室に向かっている。手には帰りに配られたプリントを掴んだまま。
「大学入試、延いては就職、職業にも関わってくる大事な選択になります。お家の人ともしっかり話し合い、来年のクラスの希望を提出してください」
担任の田辺先生が、必要以上に間を取って話すので、クラス中がプリントを見つめて静かになった。
美羽としては、文理選択は考えないようにしていた問題だ。将来について考えて決めろと言われても、将来自分が何になりたいと思うのかなど想像もできなかった。
「ミハネさん。テストお疲れさまです。何を持っているんですか?」
テストの手応えは今までに比べたら良いほうだ。最高順位を出せる自信がある。
テーブルの上にプリントを広げると、辻に相談してみようと思った。
「文理選択迷ってるんだよね~」
「あぁ、今日配られましたね」
「辻くんは、理系?」
前に「こう見えて理系なんです」って言っていた気がする。
「そうですよ。僕は医学部志望ですから、理系ですね」
「えっ? 医者になるの?」
「合格できれば、そう言うことになりますね」
「まぁ、昔入院したときに見てくれた先生が、なんて高尚な理由はありませんよ。僕にとって医者という仕事ができそうで、生涯賃金が高いからです」
少し恥ずかしそうに笑う辻が輝いて見えた。彩夏は文系だと言っていたし、北野は何となく理系だそうだ。
次々に到着する探偵部のメンバーに文理選択をどうするかと聞いていると、西原はまだ迷っているらしい。
多香子は堅実に公務員を目指して文系にするそうだ。
「青木君は理系?」
「ん? 文理選択の話し? 俺は文系だよ」
「え? だって青木くん数学できるじゃん」
「俺、探偵好きだぞ。なれるかどうかは別として、探偵を目指すにはいろんな知識が必要なんだ。その中でも法律関係は学校に通って勉強しておいた方がいいと思って、法学部志望だよ」
「そ、うなんだ……」
不謹慎にも来年からも同じクラスになる可能性があると思ったら、嬉しくなってしまった。
「ミハネは?」
「う~ん。文系かなって思っているけど、皆みたいになりたい職業とかわからなくて」
「俺も~」と北野が大きな声を出したが、「北野はそのうち自分で決めてしまいそうですけどね」と辻が言う。
「俺が言うのもなんだけどさ、ミハネは優しいだろ?」
西原と多香子が大きく頷いた。
「ミハネの性格が生かせる職業が良いと思うけどな」
青木には具体的な職業が浮かんでいるようだが、美羽がいくら聞いても自分で考えろと教えてくれなかった。
後藤先生が、パンパンと手を鳴らした。
「さぁ、皆にはお土産があるの」
「わぁ~」と歓声が上がるなか、後藤先生がガサガサと取り出したのは、ホワイトチョコレートを挟んだラング・ド・シャクッキーと、ポテトチップスにチョコレートをかけたものだ。ポテトチップスは袋をあけ、クッキーの方は同じ数ずつ分けてくれた。北海道の有名なお土産だ。
「余りは、小林さんの分ね」
ポテトチップスを食べられないからと後藤先生が考えた案だった。
「先生、北海道に行ったんですね」
「そうなの~。北海道も暑いでしょ~。母も若くないから涼しい軽井沢とかの方がいいと思ったんだけど、死ぬまでに一度は行ってみたいと言われてしまってはね。連れていかないわけにはいかないでしょ~」
コロコロと笑う。
美羽は、後藤先生に良く似た可愛いお母さんが、必死で北海道と訴えている様子を想像して笑ってしまった。ただの想像なのだが。
「楽しかったですか?」
「日帰りのバスツアーなんかもあって、いろんな所に行けて楽しかったよ。皆も大学生になったらバイトして行ってみたらいいよ」
大学か……。やっぱり、しっかり考えて文理選択しなければいけないみたいだ。
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