第17話 夏休み
灼熱の日差しから逃げるように校舎に入った。
夏休みの校舎は静まり返っていて、足を踏み入れてはいけないような緊張感がある。遠くから聞こえてくる吹奏楽部の個人練習の音に勇気をもらい、薄暗い廊下を進む。久しぶりだからだろうか? それとも校舎の様子がいつもと違っているからだろうか? 数学準備室前の廊下が久しぶりにヒヤッとした。
扉の前についても静かで、中に誰もいないんじゃないかとノックをするのを躊躇う。
──先生はいるよね
後藤先生とも話し合い、探偵部の活動を今日と決めたのだ。
大きく息を吸い、勇気を出して思いっきり扉を叩いた。
「はぁ~い」という後藤先生の声が聞こえて、胸を撫で下ろす。先生さえいれば、怖くない。扉を空けるとテキストを広げ勉強している辻がいた。
「おはよう。辻くん早いね」
「ここは涼しくて勉強が捗るので、後藤先生に聞いて早く来ちゃいました。さっき、多香子さんが来て新しいスマホの番号を伝えて欲しいって、小林さんにも伝えたいんですが」
すでにメッセンージアプリの探偵部グループには登録したらしい。美羽が暑さから逃げようと必死で日陰を辿りながら学校に向かっている間の話だ。
「多香子さんは、小さな兄弟の面倒を見るので、今日はすぐに帰りましたよ。元気そうで、謎解きは行けるように年の近い兄弟と協力するそうです。さらに、お盆だけお手伝いができると嬉しそうにしていましたよ。普段働いているバイトが、実家に帰ってしまう期間だけお手伝いをお願いされたそうです」
後で他のメンバーにも報告はするが、美羽に伝えて欲しいと言われてので先に伝えてくれたらしい。
その後、西原が来て、青木が時間ぴったりにくる。北野が息を切らして少し遅れてきた。
二日後に迫っている謎解きについての話をして、夏休みの様子を皆で話した。
辻はほとんどの時間を勉強に当てているようで、探偵部の活動を息抜きとして楽しみにしているようだ。北野は、中学の頃の部活仲間と遊び回っているらしい。西原は、だらけていると一日が終わっていると言っていた。青木は勉強もしているが、本を読んだり体力をつけたりと色々やっている。相変わらず毎日、美羽に勉強をしているかと連絡してきている。
昨日も『数学の課題やっているか?』と送られてきて、驚いて急いでテキストを開いたのだ。それから、『今やっている』と連絡を返すと、『順調だな。探偵部は明日だぞ』と送られてきた。少しだけ青木を騙すようで申し分けなかったが、午前九時ごろでは、起きたばかりでまだボーッとしている時間だ。
美羽は青木と雑談がしたくてスマホの画面を睨み付けながら考えたのだが、結局一番無難な『明日楽しみだね』と送ってしまい、同意のスタンプが送られてきて会話が終わってしまった。美羽はしばらくスマホの動かない画面を見ていた。
「後藤先生、G先生はその後大丈夫ですか?」
「まぁ、何とかなっているの。毎日来たときにGのチェックを欠かしていないから大丈夫」
後藤先生まで、カメラの隠語であるGを使っているので笑ってしまった。
辻が上手いこと相づちをうって話を聞き出すので後藤先生は少しずつ話してくれた。
終業式の次の日、後藤先生は職員室で仕事をすることにしたらしい。自分の席ではなく数学主任の松本先生の隣の席を使わせてもらっている。たまに来て皆に話しかける、体育の小野寺先生の席らしい。小野寺先生は部活に忙しく、昼間は机をほとんど使わないので、快く貸してくれたようだ。松本先生にもすぐに相談できて、便利な席だと後藤先生は笑った。
後藤先生が、二学期以降の授業の進め方について考えていると、飯塚先生がやってきた。
「後藤先生、暑いですね~。僕はこの暑い中ジョギングをして身体を引き締めようと思っているんですよ。まぁ、暑すぎるんで早朝か夕方に走るんですね。引き締まった肉体、どう思います? 三回走ったんですが、どうですか? 引き締まってきましたかね? 運動の後に飲むビールが堪らないんですよ。あぁ! この前、お盆は忙しいと言っていましたが、8月の休みはお盆だけじゃないですよね。すべての土日が忙しいということはありませんよね」
教材から顔を上げて、しばらく何を言われてのか理解できなかった。数秒後、じわじわと理解が広がり、どう断ったらいいのかと悩む。
「あぁ~、あのですね、お盆が忙しいんで、家事の類いを他の日にやらないとならないんです」
申し訳なさそうに眉をへの字に曲げた。
「え? そんな、一日も空いてないなんてことはないでしょう。もし厳しければ、ディナーだけでも」
大人ならこれだけ断られている段階で、二人きりは嫌がられていると察するのではないか? いつまでもしつこく誘ってくる図太さに関心するものの、絶対に二人きりで出掛ける気になどならない。逃げ場のない状態で次の約束を取り付けられてしまいそうだ。
「飯塚先生、仕事中ですよ」
横からしわがれた声が聞こえた。松本先生が鋭い瞳で睨み付けていた。
「そ、そうですね。失礼します」
飯塚先生が自分の席に戻ってパソコンを開くと、松本先生が小さな声で話しかけてきた。
「飯塚先生は、いつもこんな感じなのかね?」
「最近はこういう感じですね」
松本先生は小さく嘆息すると、心配そうにする。
「普段から仕事にならないんじゃないかね?」
「実は、学校があるときは、生徒が近くにいてくれるので何とかなっていますよ」
「生徒ですか?」
不思議そうにする松本先生は、探るような目線をしていた。
「公式ではないんですが、探偵部を作りたいって言う子に数学準備室を部室とさせてくれないかと言われましてね。その子は、さすが、探偵好きですね。私が困っていることをわかって、提案してくれたみたいなんです。探偵部がいれば、飯塚先生との間に入って会話してくれるので、大変なことにはなりません。ギブアンドテイクってやつでしょうか」
自由な風潮があるわが校では、色々な生徒が好きなことに勤しんでいる。少し堅物の松本先生でも、探偵部であれば許容だったようだ。興味のありそうな声が聞こえた。
「探偵部ですか?知らなかったな」
「文化祭にも有志で企画を出していましたよ。夏休みは彼らにも心配されたのですが、人が多いところにいた方がいいかと思って、小野寺先生に机をお借りしました」
「では、飯塚先生のあの行動は生徒に筒抜けということですね」
「まぁ、そういうことになりますね。生徒の前でも普通に話しかけられますので」
その後も飯塚先生が話しかけてきて、後藤先生が返事に困りだすと松本先生が「仕事中じゃないのかね」と声を上げてくれるという。
コン、コン、コン
噂をすれば!! と思ったら、扉を空けたのは小野寺先生だった。
「後藤先生、ここにいたんですね。あぁ、君らもいたのか。今日は探偵部の日かい?」
皆で口々に色々なことを言うので小野寺先生がすべて聞き取れたかは疑問だ。実際先生は目を丸くしてしばらく見回していた。
「先生は、どうしたんですか?」
「後藤先生が職員室にいなかったんで、松本先生に探してくるように言われたんだ」
探偵部全員が、「あぁ~」と、大きく頷く。「なんだ? お前ら事情を知っているのか?」と小野寺先生が呟く。
「先生、部活は?」
「暑いからな。ちょっと長めのお昼休憩中~。」
先生は良く日に焼けて、首にかけたタオルでしきりに汗を拭っていた。
「俺たちも、もう少ししたらお昼っすよ」
「今日は午後まで活動か?」
「違うっすよ!食べたら帰るっすよ」
「わざわざ、お昼食べてから帰るのか?」
「そうっすよ。辻がどうしてもって言うんで」
ヘラヘラ~と北野が笑うと、辻が突っ込む。
「そういうことは言わなくていいんです」
「ははは。じゃ、俺はこれで。お前ら、後藤先生に迷惑かける前に帰れよ」
「大丈夫っすよ。お昼食べたら帰るっすから」
「おぅ!じゃあ、またな」
辻はこの後、市内の図書室に言って勉強するらしい。辻のお昼に皆で付き合った形だが、それはそれで楽しかった。
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