第16話 夏の計画

 放課後、青木とともに数学準備室に行くと、辻と北野と西原がいた。多香子は昨日のことで先生と話があるらしいし、彩夏は部活だ。北野はいじっていたスマホから顔を上げ、辻は問題集を閉じた。


「さて、決めましょう!! 候補は調べてありますよ」

 辻がやる気に満ちていて、美羽は目を白黒させていた。北野は謎解きにはこだわりはないらしく、スマホで自分の興味があることを検索しているようだ。青木と辻で、暑くても快適に過ごせ、難易度の高い謎解きが楽しめる場所を選んだ。

「ミハネ? お前、なんか意見ないの?」

「ん~? 特には。皆と一緒に遊べればそれでいいかな」

「まぁ、任せてください。青木くんと違って、変な計画は立てませんよ」

 自慢げにいう辻が珍しく、美羽がじっくりと見ていると、北野が辻の脇腹をつついた。

「なぁ、なぁ。俺、文房具屋に行きたい」

「文房具くらい一人で買えるだろ?」

 すかさず、いつもの調子で突っ込む青木だったが、辻は思案する。

「文房具、いいじゃないですか? こういうのは皆で行くから楽しいんですよ。それに、ミハネさんも行きたそうですよ」


──やばっ! 辻くんエスパー!!


 警察沙汰になって忘れていたが、北野の言葉に帰り道に見たパステルカラーの文房具を思い出したのだ。買うかどうかはわからない。でも、皆でわいわい見て回るのは楽しそうだった。




 青木は、美羽の顔を気づかれない程度に観察する。あまりはっきり意見を言わない美羽の気持ちを察するには、そうするしかないのだ。

 辻の言葉に目を丸くして驚いたあと、嬉しそうにしている。買い物のことでも考えているのだろうか。



「えっと~?  文房具、いいんじゃないか……」

 見事な手のひら返しだ。美羽が嬉しそうに青木を見るので視線を彷徨わせる。

「よっしゃ~!!」

 ガッツポーズを作る北野とニヤニヤする辻。西原は、目を丸くして見ていた。

「じゃあ、文房具屋さんは、午後にしましょう」

 お昼は近くの日陰が多い公園に決めたようだ。




 大雑把に立てた計画を書き込みながら、辻が話しかける。

「そういえば、青木君は多香子さんが大金が欲しいわけじゃないって言っていましたが、どうしてわかったんですか?」

 聞かれた青木は、大したことがないという雰囲気で口を開く。

「あぁ、あいつがどうしても大金を欲しいなら、怖くなってやめようとするか? そこまでの大金の必要がないから、やめようと思ったんじゃないかと思ってだな」

 想像に過ぎないが、ばっちり当たったようだ。

「そういうことですか。それにしても、多香子さんはミハネさんに救われましたね」

 美羽は何のことかわからずに、皆を見回した。西原と目が合い、わからないというように首を振られてしまった。


 辻と青木からすれば、美羽でなければこんなに丸くまとまらなかったと思っているのだ。

 美羽だから多香子の言うとおり男のところまでついていったし、美羽だから多香子まで助けようと思った。美羽だから自分を嵌めようと思ったことまで全て許して、友達になろうとした。

 それが、いいことなのかはわからない。特に青木は、美羽の性格は危なっかしいと思っていた。

「本当に強運の持ち主だよな~。ミハネは甘いんだよ」

 青木の文句に、辻は面白い突っ込みどころを見つけたと言い返した。

「またぁ~、ミハネさんに甘いのは青木君じゃないですか」


──辻君!?


「別に、それは、いいだろ」


──甘くされている気はしないんだけど!!


 困って北野を見れば、あまり聞いていないようすでスマホを見ていた。西原と目が合うと、ほんのり赤い顔ですぐに目を逸らされてしまった。




 コン、コン、コン


 後藤先生が返事をすると、入ってきたのは小野寺先生だった。

「おぉ~!! お前ら、やってるなぁ~。あれ~?? 勉強じゃないのか? 」

「先生~、もう夏休みっすよ~。勉強なんてしてられないっすよ~」

 北野の大声に少し驚いた様子の小野寺先生だった。

「あぁ、まぁ~そうかもな。んで、何してんだ? どっか行くのか?」

「そうなんです。皆で出掛ける計画を立てています」

「皆でだよな」

 西原まで全員見回す。

「そうです。あと二人誘っていますよ」

 辻の言葉に、小野寺先生は「そりゃよかった」と、西原の頭をガシガシした。

「高校最初の夏休みだ。よく寝て、よく遊んで、よく学べよ~!」

「先生、俺たち小学生じゃないんっすから~」

 小野寺先生は、気持ちよいくらい豪快に笑う。

「ははは、まだまだ、発展途上には変わらんぞ!!じゃあ、熱中症にだけは気を付けろよ」

 「後藤先生、失礼しました~」と言って小野寺先生は帰っていった。

 小野寺先生の騒がしい余韻を残しながら、細かいところを詰める。

 いつもならその場で決めたり、スマホで直前に打ち合わせたりするのだが、多香子がスマホを変えるので、しばらく使えそうにない。それまでに会う機会があるとは思うが、集合時間と持ち物は決めた。


 ガン、ガン、ガン

 後藤先生が返事をする前にバタンと音を立てて扉が開けられた。

「後藤先生、小野寺先生は何をしに?? うを!! お前ら、何故いるんだ??」

 飯塚先生は、すぐに眉を寄せて訝しげな表情になった。

「僕たち大体ここに入り浸ってますよ」

 辻の一言に北野が、「知らないんっすか」っと余計な一言を付け加えるので、飯塚先生は顔を赤くして睨み付ける。

 後藤先生が作業の手を止めて、振り向いて立ち上がった。

「小野寺先生は、この子達の様子を見に来たんだと思いますよ」

「ん? そ、そうなのか?」

 飯塚先生は、あまり意味がわかっていないようで、ポカンとしている。

「あぁ、そうだ! 後藤先生、お盆は空いていますか?」

「え? 実家に行く予定ですので忙しいのです」

「でも、長いですよね」

 先生方は、しっかりとお盆休みがあるらしい。

「今年は久々に遠出ができるでしょう。母を旅行に連れていく約束で、普段、外出しない母の支度から手伝ってあげなくてはならないのです。父も、楽しみにしている母を見るのが嬉しいようで、休みになったらすぐに帰ってこいとうるさくて」

 初めは飯塚先生に向かって話し出したのだが、途中からは気持ちよく相づちをうつ探偵部に向かって話している。後藤先生がコロコロと鈴を鳴らすような声で笑った。

 北野は単純に目を輝かせているが、辻は目を光らせた。青木はイタズラを思い付いた子供のような顔を覗かせたが、すぐにキラキラとした笑顔を作った。

「そうなんっすか!! いいっすね~」

「後藤先生、親孝行、素敵です。お母様が喜んでくれたらいいですね」

 辻の言葉に飯塚先生が怯む。

「お盆の頃も暑いですから、時間に余裕をもって行ってきてくださいね。お母様に合わせて、ゆっくりと支度からしていたら、お盆休みだけじゃ足りないくらいですね」

 青木の言葉が止めだ。自分のために一日だけでも時間を作ってくれなどとは言いづらいだろう。

「そうですか。じゃあ、また」

 飯塚先生がいなくなると、後藤先生がシーっと口の前に指を立て、「皆に、お土産買ってくるからね」といった。

 北野が声を潜めて、「やった! G先生に勝った!」というので、皆でクスクス笑った。

「先生あれからGは見てないですか?」

 西原が変な顔でこちらを見たので、美羽は小さな声で「カメラのこと。前に仕掛けられていたの」と説明する。

 「だから、G先生?」と聞くので、神妙な顔で頷く。西原が「うわ!」っと、嫌なものを見た顔で扉のほうを振り返った。

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