第14話 危険な寄り道

 駅に向かって一人で歩いていると、不思議な気分がしてくる。いつも探偵部終わりに帰るので、意味もなく皆でまとまって帰る。完全に一人ということはないのだ。

 夕方になり多少気温は下がっても、熱せられたアスファルトはまだまだ熱く、日向は避けて歩きたい。日陰を選んで建物のすぐ側を歩いていたら、ショーウィンドーの中に飾ってあるものが目にはいった。

 可愛らしい小さなバック。

 いつもは騒がしい男の子と一緒なので気にしていなかったが、よく見ると色々なものが売っていた。

 華奢なシルバーアクセサリーに目を奪われ、パステルカラーの文房具が欲しくなる。


──文房具なら私のお小遣いでも買えるはず


 ハンバーガーショップの前を通るとフライドポテトのいい匂い。空腹を覚え、隣のケーキ屋の前で綺麗なケーキに足が止まりそうになる。


──寄り道って楽しいかも


 寄り道をする自分のとなりには、青木の姿を想像する。面倒そうな顔をしながら付き合ってくれていた。


──やだ、私ったら。青木君が寄り道に付き合ってくれるわけ無いじゃん


 変な妄想を振切り、急いで駅に向かおうとすると、声がかけられた。

「美羽ちゃん、一緒に帰ろ!」

「あれ? タカコちゃん?」

「こっちに行こう」

 美羽の腕をつかみ引っ張っていく。一本逸れただけで、通ったことのない道は知らない場所のようであった。

「ここのお店きれいでしょ~」

 先ほど美羽が見ていたシルバーアクセサリーのお店よりもずっと高級そうな店構え。高校生じゃ絶対に買えない。

「入ってみようよ」

 断りきれずに連れられて入ると、やっぱりゼロの数が多い。いくらかなんて怖くて数えられなかった。不自然にならない程度に多香子に付き合って店を回る。多香子は堂々と「これが可愛い~」と大騒ぎしていて、美羽は大人だなぁと思った。


 次は服屋に行くようだ。そろそろ帰りたくなってきた美羽だが、仕方がなく付いていった。

「水着、可愛くない?」

「かわいい……」


──ビキニ……海とかプールに行くのにスクール水着って訳にはいかないのかも……


「かわいいよね~」

 恐る恐る値札を見てみると、お小遣いでは無理。来年までコツコツ貯めればなんとかなるかな。


──でも、ビキニって、無理かも……


「露出の少ないタイプもございますよ。こちらなどお似合いだと思いますよ」


──この店員さん、エスパーかも!!


 近づいてきた店員さんが取り出して見せてくれたのは、黒と茶色とベージュの三枚の水着。色違いのようだ。肩口に大きなフリル、それにスカートが付いていて可愛らしいデザインだ。

 これなら、高校生でも子供っぽくなりすぎず、かといって露出もそこそこで、恥ずかしくない。美羽は目を輝かせて水着を見た。


──青木君……いや、いや、プールとか、海は好きじゃないかも。変なところに行くのが好きなんだっけ?


 値札を手に取って、その値段に驚く。


──店員さん!? 高校生になんてもの勧めてるの!?


 美羽は慌てて水着を戻した。

 その様子を見ていた多香子が近くによってきた。

「かわいいよね~。絶対、こんな水着着て、海とかプール行ったら注目の的だよ~」

「えっ! えっ! 注目!?」

 ほんのり顔が熱くなる。

「そうだよ~! 次のとこ行こ~」

 多香子に付いていく。何を話すわけでもなく、ゆっくりと進む。足早に駅に急ぐ人達に、どんどんと追い越された。

 飲み屋の前でメニューを見るスーツ姿のおじさんたち。駅前のスーパーから荷物を抱えて出てくる女性。一日が終わる気配が漂っていた。

 美羽は多香子に合わせて歩く。改札に行くのかと思ったのだが途中で右に折れる。 

 駅前広場の奥。大きな木の日陰。人目につきにくい場所。昼間であれば心地よい場所が、今は薄暗く陰湿な雰囲気が漂っていた。




「おっ、やっと連れてきたか」

 美羽が顔を上げると、前にも声をかけてきたおじさんだ。


──どういうこと?


 急いで多香子を見ると、美羽とは別の方角を見た。

「お嬢ちゃん、働いてくれる気になったかい?」

 美羽が押し黙っていると、男はさらにダミ声で畳み掛ける。

「仕事を頼みたいから、連絡先教えてくれよ。お嬢ちゃんなら稼げるよ~。欲しいものなんてたくさんあるだろぉ? 何でも手に入るよ」


 仕事と言っているが、前に誘われたとき、赤髪のバンドメンバーが「高校生に?」みたいなこと言っていたはず。


──確かそのとき、交番を見て……あそこにある


 美羽は交番の位置を確認する。


「そんな怖い顔するなよ~」


──どうしたらいい?


 あまり働かない頭で必死に考える。


──こういうときって、どうしたらいい??


 駅前広場に目をやっても、今日はあっくんたちバンドメンバーはいないみたい。


 美羽が黙ったままいると、男は醜悪に笑う。

「なぁに、だんまり決めちゃってんだぁ~? お嬢ちゃんが仕事してくんないと、多香子が痛い目に会うんだ。おい!お前の代わりなんだろ? 自分で説得しろや」

 多香子が、ビクッと飛び上がると蚊の鳴くような声で話し始めた。

「あの、ね。おじさんと、楽しくお喋りするだけで、……さっき見たアクセサリーとか水着が買える……バイト代が貰えるって……そうじゃなくても、おねだりすれば、買って貰えるかも……」


──タカコちゃんの代わり?どういうこと?


 多香子に嵌められたという事実を直視したくなくて、思考はいっそう鈍る。


──………どうするの?


 少し斜め後ろを振り返っても、探している人の姿は見つからない。

 学校を出たのは美羽の方が先だが、寄り道をしている間に、帰ってしまったかもしれない。


──どうしよう!!


 多香子を見ると、青い顔でガタガタ震えていた。


「っていうか、ちゃんと説得してから連れてこいよな~!! まぁ、一人じゃ心細いってんなら、二人で仕事するか? お前らタイプが違うから、いいかもしれないなぁ~」


──おじさん、何言ってるの?


「いつまでも黙ってないで、なんか言えや!!」


「いぃ~」


「あぁ!? なんだぁ?」


「いやです!!」


「はぁ~?? ここまで黙りきめといて、嫌だとぉ~!!おい!多香子、もうお前でいいや。お前ならいつでも連絡取れるからな。確か、いいところの高校に行っていたよなぁ~。ばらされたくなければ、大人しくいうことを聞くんだな」


──タカコちゃん、もうお仕事しちゃったのかな?? していなければ、……ううん、もし、していても、こんな人の仕事なんてしない方がいい。

 一人なら逃げ出せそうだけど、タカコちゃんと逃げるにはどうしたらいい?


 回りをチラリと見渡す。


──少し走れば人が多いところまでいけるはず。助けを求めて走ってくる制服姿の女子高生を、そこにいる人全員が無視するなんて考えられない。どこかに逃げ込みたい。交番よりも駅の方が近い。


 ガタガタ震えている多香子の腕を触る。

 ビクッと飛び上がったのが美羽にも伝わった。


「タカコちゃん、タカコちゃん」


「あぁ!! お前は仕事をしないんだろ?? もう要らないから帰れや」


──タカコちゃんをおいて、帰れるわけないじゃない。もし、ここにいるのが青木だったらどうする? ……論破しそう……。それは、真似できない。私でも出来ること……。


 腹に力をいれて、大きく息を吸い込む。

「やめてください!!!」


 自分が思ったより大きな声が出た。多香子が驚いて美羽を見ている。


「あぁ~!? だから、お前は帰れや!!」


 必死で多香子の腕にしがみつく。


「タカコちゃん、タカコちゃん。逃げよう!!」


 多香子を引っ張るが、腰が抜けてしまった多香子は簡単には動かない。

 少し力をいれて引っ張る。後ずさるようにおじさんから距離を取ると、もう一度大声を出した。


「やめてください!!」


 おじさんは苦々しげに舌打ちをしたあと、身を翻してどこかに向かおうとしている。


──逃げる?? 助かった??


 背後から近づく足音が大きくなる。


──おじさんの仲間??


 危険を感じて振り返ると、視界が白いワイシャツでいっぱいになった。ふんわりと抱き締められたようだ。

「ミハネ、よく言ったな」

 顔を見なくても声で青木だとすぐにわかった。

 走ってきた青木の体温が熱くて、安心するような、胸がキュッと締め付けられるような感覚がした。

 美羽を守るかのように肩に腕を回わす格好で、青木はおじさんが逃げた方向を睨んでいた。

「青木? 美羽さんは大丈夫?」

 辻、北野、西原が少し息を切らして近づいてきていた。

「君たち、大丈夫?」

 その後をゼイゼイと息を切らした警察官が走ってくる。


 掴んでいた多香子の腕が震えたような気がしたので、美羽は多香子の腕にしがみついた。

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