第13話 羽化への一歩
辻から連絡があり、「しっかり謝りたい」と言うので、数学準備室に来てもらった。一本松のところにいた男子生徒は、西原というらしい。
「怖い思いをさせて、本当にすみませんでした」
改めで大きく頭を下げた。
入学したばかりのころ、誰かが美羽の事を話しているのを聞き、悪ふざけで盛り上がった。入学したばかりで浮き足立っていて、可愛い子がいるというだけで盛り上がるには十分だった。
図書館や駅前広場で見かけたこともあり、差出人不明の手紙を出そうと大盛り上がりしたという。自分の優位性を見せつけたく、普段よりも過激な発言をしてしまったのだと。
最初の手紙は、反応が見たかっただけでラブレターのつもりはなかった。
駅前広場で見かけたとき、カラフルな頭髪の集団に囲まれていたから「大丈夫?」という文面にしたそうだ。
青木が心配そうに見るので、近所のお兄さんのバンド仲間だと説明した。
いざ手紙を送ってみると、罪悪感で一杯になったという。美羽の泣きそうな顔を見てしまった西原は、もうやめようと言った。しかし、気が大きくなっている三人には通じなかった。
「今さら引けないぞ」「お前が手紙の犯人だって、ばらしてもいいのか」等といわれ、次の手紙も出すことになった。内容は三人に指示でラブレターのようになったと言う。
せめて、美羽がゴミだと思ってくれればいいと思い、ルーズリーフの切れはしや、古いプリントに書いて靴箱に入れた。靴箱に入れたのは朝らしい。電車を早めて登校して、人がいない時間に上靴に突っ込んだ。
もう一度最後に大きく頭を下げて謝った。
美羽は思ったよりも腹が立たなかったし、逆に西原が可愛そうに思えてしまった。
「最初は怖かったけど、探偵部の皆がいてくれたから、大丈夫です」
美羽が笑顔を作ると、彩夏と青木が口々にいう。
「ミハネ、簡単に許しすぎ」
「そうだぞ。許さなくったっていいんだ」
許す許さないより、もう手紙を入れないでくれればそれでいいと思った。
「手紙をやめてもらえれば、私はそれで……」
「もちろん、もう、しません」
青木と彩夏は納得していなかったが、美羽がいいというので、西原は帰っていった。
重い雰囲気が漂っていて、何を話したらいいのかわからなかった。
パソコン作業をしながら様子を伺っていた後藤先生が、私物のポットでコーヒーを入れてくれた。
インスタントコーヒーの粉末にお湯が注がれ、香ばしい匂いが漂ってくると、皆がその黒っぽい液体に釘付けになる。後藤先生は、ミルクとスティックシュガーを多めに取り出した。
「大変な一日だったけど、ご苦労様。私も助けられたし、掃除のお礼もかねて皆に一杯づつだけど」
掃除に参加していない、彩夏が歓喜の声を上げたので、一気に空気が柔らかくなった。
次の日、休み時間、青木の姿を見かけなかった。青木は自分の興味のあるところに偵察に行っていていないことが多いので、放課後になれば会えるだろうと楽観的に考えていた。
数学準備室に向かうと、後藤先生の姿だけで、他のメンバーが見当たらない。
それでも少し待てば来るだろうと、30分ほど課題をやりながら待っていたのだが来る気配がない。
心配になってきた頃、青木から連絡が入った。
『ちょっと不味いことになっていて、今日は探偵部の活動は無しで』と送られてきた。
早く帰っても仕方がないし、後藤先生も課題をやっていっていいというので数学準備室で過ごしていたのだが、『不味いこと』が気になって、課題が手に付かない。
──どうしよう……
数学準備室を飛び出していた。
教室内はクーラーが効いていて涼しいが、廊下まではそうはいかない。ムッとする熱さの中、昇降口に行く。上靴がまだ残っていることを確認して、教室を覗く。青木の姿を見つけることは出来ずに数学準備室まで戻る。後藤先生も何のことかわからずに首を捻っていた。
──一人で抱え込んで、青木君のバカ!
青木のことだ。なにか問題に立ち向かっているのだろう。13HRのときだって、一人で廊下にたって全員の顔を覚えて……
頼ってもらえない自分にも腹が立ってきた。
もう一度青木を探しにいこうと腰を上げると、着信があった。
青木からだ。焦ってスマホを取り落としそうになる。
「もしもし、ミハネ? 今ってどこ?」
数学準備室にいると伝えると、青木が来るという。
青木は、難しい顔に汗を滴らせていた。
「青木君! 不味いことって何? どうしたの?」
飛び付きそうな勢いの美羽に青木は、一歩後退り汗を拭いながら答える。
「あぁ、実は、昨日の隠れていた三人が、西原の悪口をネットに書いたんだ。ついでに校内の動画をのせたから問題になってる」
動画には部活をやっている大量の生徒が写っていた。のせる許可など取っていないはずだ。もちろん学校側も無断でのせることを禁止している。
昨晩、青木が発見して、学校に通報した。事情を聴かれた三人は、西原の命令だと言い張っているようだ。
では、なぜ、西原の悪口と共にのせたのか?
彼らの言い分は、西原が追及から逃れるためだと。悪口が一緒に投稿されれば、西原が主犯だと誰も思わないだろう。
ネットに書き込むんだ。下手したらいつまでも消えない。そんな馬鹿なことがあるかと青木が怒る。
正義感の強い青木は、どうにかして西原を助けようと今日一日奮闘していたようだ。
ちょうど、書き込まれた時間に数学準備室で話していた。西原の無実を証明するためには、手紙のことや美羽の名前を出さないわけにはいかない。先生に話す許可を取りに来たのだと。
美羽が許可してくれれば、あとは青木が何とかするという。
美羽は胸に手を当てて考える。自分だって、ちゃんと役に立てるはず。
「私も行く」
ネットに悪口を書き込んだ上に、罪を擦り付けるなんて酷いではないか。
「本当に? もしかしたら嫌なことも聞かれるかもしれないぞ」
美羽はしっかりと頷いた。ちゃんと自分の言葉で言わないといけないと思う。うまく言えるかは別として。
「後藤先生にも、証言をお願いするかもです。そのときはお願いします」
後藤先生は、任せてというようにしっかりと頷いた。
教室にいたのは西原と体育の小野寺先生、優しい地理の白井先生だった。小野寺先生は体が大きく筋肉質で鋭い目線が怖い先生だ。白井先生はお母さんみたいで可愛らしい先生で、いつも優しいのではじめから白井先生を見ながら話ししていた。
小野寺先生が思ったよりも優しい声色で話しかけてきたので、そちらを見て答えると、優しげに目を細めたのだ。
それは、たどたどしく説明する美羽を十分安心させた。
それからは、あまり時間がかからなかった。青木が、美羽の名前を出さずにどうにかならないかと画策していたので時間がかかっただけなのだ。
美羽が昨日あったことを説明し、後藤先生にも確認を取る。
美羽たちが話している間に撮った動画を悪口つきでのせるのは不自然だということになった。もともと命令されていたとしても、西原がいなくなった時点でそんなことやらなければいい。自ら進んでやったというのが先生たちの考えだ。
警察ではないので、状況がわかればそれでいい。別室で待機させられていた三人は厳重注意。次に何かあれば休学となる。それは西原に対するいじめも含まれる。
西原は、これからは気を付けるように言われた。西原がやったことは靴箱へ入れた手紙だけだ。美羽が許していれば問題がない。
「西原、すまない。本当はもっと早く結論を出してあげられたんだ。こんなに時間がかかるなんて。俺、もっとうまく出来るって思ってた」
青木が形のよい眉を下げ、後頭部をガシガシと掻いた。
「いや、大丈夫です。動画を発見してくれたのも青木君で、学校に掛け合ってくれたのも青木君です。関口さんのことを傷つけたくなくて、名前が出せないのもわかってました。ネットの方はまだ拡散されていなかったので、……たぶん、大丈夫です。青木君の早い対応のお陰です。ありがとうございました」
西原は前髪を気にしてから、美羽を見る。
「僕がやらかしたのに、助けてくれてありがとうございました」
そこに辻と北野が合流する。
「まぁ、西原君が次の居場所を見つけるまでは、僕たちを頼ることを許可しましょう」
辻の偉そうな言い方は珍しく、美羽は驚いて凝視した。それに対して、辻はいたずらっぽく笑い、西原は泣きそうな顔で笑った。
もう少し西原に付き合うというので、美羽は先に帰ることとなった。
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