第12話 いらないプリント
朝から照りつける太陽。雨上がりの不快な空気に包まれている。
「あっついね~」
駅で合流した彩夏の第一声も、暑さへの文句だ。
「数学準備室、掃除したって話したでしょ。昨日、飯塚先生がきたんだけどね」
「飯塚先生って、あのかっこいい先生だよね。目が笑っていなくて怖いけど」
彩夏にはカメラが見つかったことは話してある。
「扉を開けた飯塚先生の顔ったら、見たことないくらい目が丸かったの」
飯塚先生が帰った後、辻が「後藤先生はセンスが良い」と言い出した。
「ゴキブリ」がカメラと同じく小さくて黒いので、カメラの隠語だと思ったらしい。青木も同じことを言っていた。
後藤先生としては、掃除した言い訳はそれしか思い浮かばなかったらしいのだが。
その後、男子3人はいつものように盛り上がり、飯塚先生をG先生と呼び始める。
最後に後藤先生が、「そのあだ名のことは、私は聞かなかったことにしておくね」と苦笑していた。
学校につくと、上靴の中に小さく折り畳まれたプリントが転がっていた。
広げてみると、入学したばかりのころに配られた課題のプリントだ。課題の箇所とともに先生のアドバイスと激励が載っていて、当時、勉強していなかった自分が思い出される。
「サヤ~? これなんだろう? ゴミかな?」
先に教室に向かっていた彩夏に声をかけると、彩夏が戻ってきて声を上げた。
「ミハネ!? 裏だよ」
プリントをひっくり返すと、細いシャープペンの薄い文字で『放課後に体育館裏の一本松の下で待ってます。来てください』と、書いてあった。
「体育館裏? 一本松?」
そんなものがあることすら知らなかった。
「えっ? もしかして、ミハネ、行くつもり?」
彩夏が、目を見張る。
「だって……、来てくださいって」
「こんな呼び出し、行く必要ないって!! 青木もそう思うでしょ~」
彩夏は後ろ向きに歩きながら、美羽の後ろに顔を向けた。美羽が上靴の中身を確認しているのを見つけて、急いで来たのだろう。もうこのタイミングで青木がいることにも慣れた。
「ん~、そうとも限らないぞ」
青木は、相手を特定した方がいいのではないかと。
心配な事には変わりないので、彩夏がついていくことになった。
青木も何か考えているようで、難しい顔をしていた。
彩夏に、一本松まで連れていってもらう。部活で校内を走っているときに、一本松と呼ばれていることを知ったらしい。この学校には他に松が植わっていないから、一本松という名前になったそうだ。
体育館裏といっても、体育館と運動場の間の通路の一番奥で、片側が運動場だから見通しが良い。
一本松の近くには一人の男子生徒が待っているのが見えた。呼び出した人を待っているとは思えない。下を向いて、落ち着かない様子で歩き回っている。たまに後ろを振り返っているのも気になった。
近づいていくと、建物で影になっているところに人の気配がある。
彼が浮かない顔で振り返る理由がわかった。
「押すな」「静かにしろ」と聞こえる。隠れている意味があるのだろうか?笑い声が上がり、「ばか! お前、笑い声が大きい!」と聞こえてきた。
彩夏がポケットからスマホを取り出して、確認する。嫌そうな顔をして、大きなため息とともに「わかった!」といいながら乱暴にスマホをしまった。
美羽が、「なに?」と顔を覗き込むと、今は教えられないらしい。
不思議に思っていると、建物の影から北野の声が聞こえてきた。
「お~い! ボール取ってくれ! あぁぁぁっ! ちょうどいい!! 一緒にサッカーやろうぜ!!」
建物の影からは、小さな声で何か言っているようだが、残念ながらそれは聞こえない。
「なに言ってるんだよ~! ここで会ったのも何かの縁だろ~。一緒にサッカーしようぜ~」
北野の楽しそうな声は、バッチリ聞こえてきた。
その間に彩夏が、待っていた男子生徒に声をかける。美羽はさっぱり何が起こっているのかわからなかった。
「こっちに来て。話は移動してから」
彼は、一度後ろを振り向いて、彩夏の言葉に従った。
だいぶ離れてから、彩夏の主導で話が始まる。プリントの裏を見せると男子生徒に詰めよった。
「これって貴方が書いたもの?」
彼は申し訳なさそうに目線を逸らした。
「すみません。こんな事になるとは思わなくて……。あの、本当にすみませんでした」
彼は頭を下げる。
「あ、あの~。どうして……?」
建物の影の人たちの、いいなりになっていたのではないかと思ったのに、そう聞くことができなかった。
美羽は、昔の自分と重なった。リーダーの女子に従っていた頃の自分だ。宿題を代わりにやらされたり、ジュースを買ってこさせられたり、係の仕事をやらされたりしたが、他人を巻き込むような酷いことをやらされた覚えはなかった。
「あの、本当にすみませんでした」
彼は落ち着かないようすでガバッと頭を下げると、逃げるように昇降口に向かっていった。
彩夏は青木からの連絡で動いていたようだし、きっと北野も。
あんなにタイミング良く現れるなんておかしい。青木の差し金なのだろう。
疑問に思ったまま数学準備室で待っていると、しばらくして青木と北野が来た。
──辻君は、今日はいないのかな。
「俺、いい働きだっただろ?」
北野が自慢げに胸を張るのを、青木は否定しなかった。
「なんてったて、あり得ないところからボールを蹴ってやったんだぜ。あんなところにサッカーボールなんて、不自然すぎるだろ~」
北野は面白そうに声を上げて笑った。
冷静に考えれば、体育館裏の狭い場所でサッカーをしているわけがない。
青木は、学校の敷地の外でフェンス越しに見ていたらしい。まさか敷地の外から見られているなんて想像もしなかったのだろう。丸見えだったそうだ。
体育館の影には3人いて、スマホを構えて撮影しそうな雰囲気だったのだと。
「あいつら信じられない。あのまま撮影されていたら、顔が写るのはミハネと小林だったぞ」
圧し殺した声は、腹の下の方が冷たくなるくらいの怒気が籠っていて、美羽はビクついた。
──隠し撮りにめっちゃ怒ってる
美羽は事の重大性を認識していなかった。
13HRを調査していた青木は、彼らが炎上ギリギリの動画をSNSに上げていることを知っていた。万が一悪意のある動画を上げられてしまったらと思うと背筋が凍る思いであった。
青木は近くに待機していた北野に話しかけさせ、彩夏に場所の移動をさせた。
青木は事情を聴くまでは判断できないというが、美羽はいじめでは?と顔もわからない3人に対して腹を立てた。
彩夏が、謝って逃げていったことを話すと、北野が唸った。
「でも、最初に酷いこと言い出したのは、あいつだったと思うぞ。まぁ、自業自得ってやつなんじゃないか?」
──自業自得……
美羽の心に重くのし掛かった。
──昔の私も、自業自得だった……?
過去の自分と重なって見えてしまった美羽には、他人事ではない。心配であると同時に、嫌なことを断らなかった彼に腹が立つ。ついでに自分にも腹が立っていた。
逃げた彼のところには辻が付いていったらしい。
辻は口調も物腰も柔らかい。彼であれば、逃げた彼を落ち着かせることができるだろう。
「辻君なら安心」というと、青木からも北野からも「『なら』ってなんだよ」と攻められてしまった。
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