第2話 怪しい手紙

「後藤先生の意地悪~!!」

 頭をかかえて机に突っ伏す。

「おぅ~。どうした? どうした?」

 見せられない点数の単元テストを裏にして、彩夏にすがり付く。

「サヤ~、助けて~」

「なにそれぇ~! ミハネが可愛いんだけどぉ~!!」

 彩夏は美羽の背中をさする。論点を変えられて、「むぅ~」と唸る美羽を見て笑った。

「じゃあ、昼休みに後藤先生んとこ行く?」

 後藤先生押しの彩夏は喜んで同行してくれるらしい。

 彩夏が付いてきてくれるならば心強い。食い気味に頷いた。



 いつもよりは早めにお弁当を頬張り、教室を出た。彩夏に連れられて、階段を降りる。数学の教科書とノートを抱えて職員室に向かった。

「あれ?後藤先生、いないねぇ~」

 職員室の入り口から覗いても、どこにも見当たらない。小柄だから見つけられないだけなのではないかと、しばらく入り口でキョロキョロ見回していたら、ちょうど職員室に戻ってきた先生が声をかけてくれた。


「あぁ、後藤先生って、数学の? それなら、数学準備室じゃないかな?」


──数学準備室!? どこ、それ?


 そんな部屋があることすら、知らない。その先生に場所も教えてもらい。探検気分で向かった。



 数学準備室は、人目につかない奥まったところにあった。国語準備室や社会準備室とともに。

 通い始めたばかりの高校だから、知らない場所も多い。いつも賑やかな学校の中で、静かな廊下は異質だった。怖々と廊下を進み数学準備室の前にたどり着いた。

 戸惑う素振りもなく、彩夏が扉をノックし「失礼しま~す」と声をかけた。

 彩夏がいなければ、ノックもせずに引き返していたかもしれない。


 後藤先生が招き入れてくれた部屋は、先生の私物と思われる熊のぬいぐるみが置かれ暖かい雰囲気がしていた。

 他の数学の先生達は、職員室や空き教室などそれぞれ自分の居場所があり、後藤先生はここで一人で過ごしていたらしい。


 数学の質問をすると、後藤先生は美羽がどこまでわかっているかを確認し、その続きから教えてくれる。美羽の理解を待ち、自力で問題を解くことができるように教えてくれたので、無事に理解することが出来た。


 ただし、一問である。


──この速度じゃ、いつまでたっても終わらないよ


 美羽が後藤先生に質問している間、彩夏はずっと楽しそうに、美羽と後藤先生を見比べていた。




 数学準備室を後にして教室に戻ろうとすると、意外な人物に会った。青木 伶馬りょうまだ。数学準備室をでて20mほどの、少し広くなっている場所にいた。教室にいるときと同じように、単語帳を胸のところで開き、壁に寄りかかりながら辺りを見回している。


──こんなところで何してるんだろう?


 美羽は、心の中で留めたが彩夏は思ったことを素直に口にした。

「あいつ、あそこで何してるんだろう? 顔はいいんだけど、不思議すぎて微妙なんだよね~」

「ははは。サヤ、厳しいね」

「あれで、真面目な顔で単語を覚えてたら、絵画のようなんだけど」

「絵画は、すごいね!?」

「ふはは」

 彩夏は自分で言っておいて、面白くなってしまったようだ。


 5時間目の授業のチャイムがなったあと、先生が来るほんの少し前に、青木は教室に戻ってきた。





 放課後、騒々しい駅前も気にせずに家にまっすぐ帰る。

 テレビの電源をいれコップに飲み物を注ぐと、トイ・プードルのテディを撫で、スマホを片手にソファーに座った。テレビの音をBGMとして聞き流しながら、最新の情報をチェックする。

 気がついたら夕飯の時間になっていて、「早く食べてよね」と小言を言われてしまった。


──スマホに夢中になって、二度ほど無視しただけじゃないか……。


 そろそろ彩夏が帰宅する頃だと連絡してみれば、元気一杯の返信があり、笑顔で自分の部屋に向かう。

 机の前にテキストを広げ、シャープペンを取り出して、スマホの通知に気づく。

 彩夏から連絡がきていた。後藤先生がいかに可愛いかって話と、青木の正体を暴いてやるっていう話、見つけた面白い動画の話をしていた。


──しまった!!そろそろお風呂に入らないと、明日学校で寝る!


 急いでシャワーを浴びると、やろうと思っていたテキストにざっと目を通し、ベッドに入った。




──眠たい……。しかも昨日、何も勉強してない……。たしか、単語テストがあったはず……。


 教室に着いたら急いで単語帳を確認しないといけない。憂鬱になりながら学校の門をくぐった。

「ミッハネ~!おっはよう~!!」

 美羽の姿を見つけて走ってくる。

 彩夏は今日も元気だ。

「サヤ~。単語やるの忘れてた~!」

「ありゃりゃ~。ミハネが忘れるなんて珍しいねぇ~」

「もう無理~!!」

「おぉ~。よしよし! 教室行ったら急いで覚えればいいよ!」

 スキップするように靴箱に飛び込んだ。

 美羽も続いて靴を脱いで、上靴を取り出す。


 ガサガサ!!!


──へ?


──何これ?


 上靴の中に突っ込まれるように、紙切れが。

 すでに教室に向かっていた彩夏が気づき、上靴を見つめたまま固まっている美羽に向かって声をかけた。

「ミハネ~? どうした? 単語やるんでしょ~?」

 紙切れを取り出すと、とりあえず上靴を履いた。

 紙切れを広げると、


『大丈夫?』


──何これ??


「ミハネ? なに? これ?」

「上靴に入ってたの。なんだろ~?」

 美羽の泣きそうな顔に、彩夏が険しい顔をする。

「もしかして、ラブレターってやつ?? はぁ~?? ミハネにラブレターなんてけしからん! どこのどいつだ??」

 いつの時代の頑固親父だ?と思うような彩夏の騒ぎを聞いて、クラスメイトが何人も足を止めた。

 恥ずかしくなって急いで否定する。

「ラブレターじゃないみたい。ほら、これ」

 彩夏に見せると、彩夏は裏までひっくり返して穴が空くほど見ていた。


 ジワジワと気持ち悪さが広がっていく。ゾワゾワ~と鳥肌が立つ。


──私はこの人のこと知らないのに、この人は私のことを知っている。しかも靴箱の場所まで。見られていたの!?


「差出人は書いてないみたいね~。ラブレターとはちょっと違うのかな?」

 彩夏が美羽に紙切れを返してきたが、気持ち悪くて触りたくない。困っていると青木がスーっと近づいてきて、「俺が預かっておこうか」というと紙切れを持っていってしまった。

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