蝶のハネ
翠雨
第1話 数学、嫌い
凍てつくような寒さが緩み、若葉が輝く。浮き足立つ気持ちを押さえ、幾分か残る肌寒さに気持ちを引き締める。
憧れだった高校へ、ついに合格!!
真新しい制服に袖を通し、お気に入りの靴を履いて学校までの道のりを通う。新しい友達に、素敵な彼氏なんか作っちゃたりして。ちょっぴり難しい授業でも頑張ってついていこう。部活は何に入ろうかな?先輩達は、優しいといいな。
楽しくて、心踊るような毎日が待っている!
はずだったのに……
「私、何しているんだろう……」
授業が終わったばかりのザワザワした教室から逃れたくなって、窓の外に視線を向けた。
今年も暑くなるのが早い。まだ4月だというのに、太陽が照りつける。窓から差し込む日光に、
高校に入って最初の授業で、衝撃を受けた。英語や国語はなんとか乗りきったのだが、数学や理科系の授業は先生が何を言っているのかわからない。家に帰ってからもう一度考えて、必死で理解する日々が続いている。
授業が進むにつれ難しくなり、部活に入ることは諦めてしまった。
本当は写真部とか興味あったんだけど……。
登校初日のことを思い出す。
「
本当は多くの人の前で話すのは得意ではないが、高校生活がかかっていると思って、胸を張って堂々と見えるように気を付けた。
その甲斐があったのか、ただ単に縁があったのか、友達には恵まれて楽しい高校生活を送っている。
──授業についていけないことを除けば……
今日は、帰りに図書室に行ってみようかな
「ミハネ! 何してるの?」
「サヤ~。後藤先生が、宇宙人~!!」
彼女は、自己紹介でイケメンのアイドル好きだと力説していたが、実際は、かわいい女の子も好きらしい。
「なにそれぇ~!! 宇宙人にしては可愛らしすぎ~!!」
数学担当の
彩夏のお眼鏡にもかなったらしく、後藤先生は彩夏のお気に入りである。
美羽にとっては、日本語に似た別の言語を話す先生である。先生はただ、数学用語を話しているだけなのだが。
──見ているだけなら、確かに可愛いお姉さんなんだけど。
「サヤ、後藤先生の言ってること、翻訳して~」
美羽が情けない声を出す。彩夏は、「お~、よしよし」と美羽の頭を撫でた。
お弁当を食べたあと、美羽は数学の教科書を開いた。彩夏は呆れた顔をしたが、家で一人で頑張れる気がしない。該当のページを開き、彩夏に説明を求めた。
「え~っと」とか「たぶん~」とか、彩夏の要領を得ない説明に、さらに混乱した。同じことを三度ほど聞いた気がする。
「数学、嫌い……」
呟いて窓の方を見れば、
休み時間の青木は、大体教室の隅に立っている。
──探偵にでもなりきっているのだろうか?
自己紹介で、如何に探偵がすごいのかを5分以上熱弁し、担任の先生が見かねて止めに入った。そのうち半分くらいが、有名な探偵のキャラクターについてだったため、アニメ好きのイメージもついてしまった。
彩夏によれば残念男子らしい。顔はかっこいいのに、趣味が変わっていて残念なんだとか。
放課後、意を決して図書室に向かう。家に帰ったら、リュックを開けるまでに思い腰を上げねばならず、とても時間が掛かる。
図書室なら勉強できるかもと思ったのだが、図書室に入った途端後悔した。
明るく静かな図書室は、勉強をしやすくていい場所なんだと思う。
ただ、その空気感に緊張し、心臓がバクバクと脈打つ。
なんとか空いているところまで進んで座った。リュックから教科書とノートを取りだし開いた。
──あぁ、なんにも集中できない!
静かで、回りからコツコツと、シャープペンの芯が机にぶつかる音が聞こえる。
視線を感じて顔を上げれば、誰もが机に向かって勉強していて、顔を上げている人なんていなかった。
カツカツ、コツコツ、ペラッ、カツコツ
やっぱり視線を感じる。気のせいだってわかっていても、集中できないのだから仕方がない。
苦手な数学なんて以ての他、それなりに出来るはずの英語ですら集中できなかった。
トボトボと足を引きずるように歩いて、駅に向かう。
彩夏は部活が始まったから、美羽は一人だ。
たくさんの人とすれ違うが、誰もが目的地に向かって歩いていて、充実しているように見えた。
駅近くの広場に差し掛かかると、たくさんの人がいた。スマホに目を落としていても、たまに周りを確認しているのは、誰かと待ち合わせをしているからだろうか。
「あれ? ミウちゃん??」
美羽は顔を上げた。美羽のことを『ミウ』と呼ぶのは、中学・高校の友達ではない。キョロキョロと見回すと、すごい派手な集団が目にはいる。
赤や金の頭髪、茶髪が大人しく見えるほどだ。
「え? 何!? 急に!?」とその集団が騒いでいる。
「ミウちゃん。俺だよ俺!
派手な集団を掻き分けるようにして出てきたのは、これまた緑の頭髪の青いカラコンをした背の高い男。一見怖そうに見えるが、声は優しかった。
「アツシ~、誰~? その可愛い子!」と赤い頭髪の男が近づいてきた。鼻と唇にピアスがついていて、あまりの怖さに美羽は後退る。
「お前は来るな! ミウちゃんが怖がっているだろ~!」
赤髪の男の肩を優しく押して、元いた場所に戻るように促す。その動作に見覚えがあった。
美羽もあんな風に優しく誘導されたことがある。
「あっくん??」
近所に住んでいる鈴木
小学校入学当時、高学年だった敦史に何かと世話をしてもらった。引っ込み思案の美羽は、敦史がいてくれたおかげで小学校に慣れたのだと母から耳にタコが出来るほど聞いた。
今は、確か、大学生。しばらく会っていなかったら、緑の髪になっていて驚いていると、「あぁ、あれだ。バンド始めたんだ」と背中に背負ったものを見せてくれた。
──ギター? かな?
「あっくん、だって~」と騒ぐバンド仲間に「うるせぇ~!」と返す。
「ミウちゃんは、その制服ってことは!?」
「あぁ~!! あっくん、やめてぇ。ついていけなくて、嫌になりかけてるの」
「え~、あそこの学校なら、すごいじゃ~ん!!」とバンド仲間は騒ぐ。
美羽が唇を噛みしめ下を向くと、敦史は優しく頭をポンポンした。
「まぁ、色々あるよな。スマホもってれば、連絡先交換しよ。困ったら連絡してこいよ。ミウちゃんなら家来たっていいよ。母さんが喜ぶ」
「何、家に誘ってんだよ~」という一言に敦史は後ろを睨んだ。
「ふふふ。おばさん、元気?」
「めちゃ、めちゃ、元気! 元気、有り余ってて、煩いくらい」
そう言うと、昔と同じように顔をしかめた。
その表情が幼かったときを思い出させて、沈んでいた美羽の気分を少しだけ明るくした。
美羽が立ち去った後、バンド仲間が敦史をからかう。
「あんな可愛い子、どこで知り合ったんだよ~」
「お前ら、煩いんだよ!! 近所の子なの! 妹みたいな感じ! 小1のとき一緒に登校してたんだけど、めっちゃ可愛かったんだから」
「へ~」っと、すでに興味は別のところだ。敦史が大きく息を吐くと、「あいつ、さっきのミウちゃんと同じ学校だよな」と小脇をつついてくる。
「学校近いから、そりゃいるだろ」と言いながら見ると、男子生徒と目があった。睨まれたように感じた。
「あいつミウちゃんの知り合いかな?」
こんなに怖い見た目の集団を睨み付けるなんて、そうでもなければしないだろう。
大人でも、すこし距離をとっているというのに。
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