第4話 あの子と重なるような気がして…

 私は、小泉由香里こいずみゆかり

 当時中学入学をトップ成績で果たしていつものように家に帰ると、妹の真紀まきが私に抱き着くようにして出迎えてくれた。真紀は小学5年生なのにも関わらず、なかなか姉離れできない少し困った子。そんな妹が私は大好きで学校が終わってからはすぐに妹の待つ家に一心不乱に帰る事が当たり前になっていた。


 妹とはとても仲がよくて抱き着いたりお風呂に一緒に入ったり、一緒のベッドで寝ることもキスすることも、たまに両親が居ないときは体を重ねあったこともあって、普通の姉妹関係というものを通り越していることは誰が言うまでもなく分かっていた。幸せな毎日が楽しくていつまでもこういう関係が続くのだと勝手ながらそう思っていた私だけど、妹との甘い時間はそう長くは続かなかった。


 ある日、いつものように大好きな妹の待つ家に浮足立った気持ちで家に帰るが今日は玄関でのお出迎えは無かった。不思議に思った私は真紀の部屋の前でどうしたのか、と聞くが何にもないと返される、その日も一緒に風呂に入り一緒に寝ることができたので本当に何でもないのだなとその時の私は気にも留めなかった。


 数日が経ちテストの返却がある日、当然なことながらすべて満点の解答用紙を受け取り、真紀の自慢のお姉ちゃんになるために自分の部屋で勉学に励んでいた。夜も遅なリ真紀にお風呂と一緒に寝る事を誘うが今日は入らないし寝ないと言われてしまい少し落ち込んでしまう。最近どうしたのだろうか?前みたいに甘えてくることが無くなってお姉ちゃんとして寂しい気持ちもあったが反抗期や姉離れのようなものなのだろうかと妹の成長に少しばかりうれしくもあった。


 それから数か月経つと妹の真紀は私より帰ってくるのが遅くなることがあり、学生生活を楽しんでいるのかと大いに喜んでいた。でもその反面寂しさもだいぶ強まっていたのか、夜中に自分で慰める回数が増えていく日々。

 今日も妹の帰りが遅く、外は街灯の光以外は見えなくなった頃に妹が帰ってきた。玄関で待っていた私は真紀の顔を覗き込むと少し暗い印象を受けたが、とりあえずお帰りを伝えることにした。


 『真紀、おかえり♪』


 『うん…ただいま』


 やはり元気がない…うつむいたまま動かない真紀の体を見ると腕に怪我があることに気づいた。


 『これどうしたの?』


 『転んだ』


 そうと返すと真紀は自室に足早に去っていく。転んだんだったら足に怪我ができるのでは?と疑問に思ったがそこまで深くは考えないでいた。今思えば、あれは妹からのsosだったのかもしれない。


 その日から真紀はちょくちょく遅くに帰って来ては、転んだぶつけたなどと目に見えて傷が増えていった。心配になった私は真紀がお風呂に入っている隙に脱衣所に入り、浴室の扉に手をかけた時…


 『お姉ちゃん?』


 何か不安そうな今にも消えて無くなりそうな弱弱しい声で私を呼んだ。私は意を決して真紀に浴室に入ることを告げると。


 『いや、入らないで!』


 『なんで?前は、一緒に入っていたじゃない』


 『前とは違う、もう私も子供じゃないから。絶対に入らないで』


 『そう…でもお姉ちゃんは真紀と一緒に入りたいかな…なんて』


 冗談交じりに私がそう言うと、水面を強く叩いたような音とともに初めて聞く妹の怒鳴り声を聞いた。


 『やめて!もし入ってきたらお姉ちゃんのこと嫌いになるから!』


 その言葉に少し怖気ずき扉にかけていた手を離し、落ち込んだ気持ちのまま自分の部屋へ戻る。妹にあんなことを言われたのは初めてで、いつもは『大好き』と言って抱き着いてくれる真紀はもういないのだと思い始めていた。何が原因なのかわからない…でも一つだけ分かることはお姉ちゃんの私は変わらないのに妹の真紀は変わってしまった事。

 私もかっこいいお姉ちゃんにならないと…また真紀に甘えてもらえるように。


 中学三年の冬が近づいてきた秋終わり、部活も引退して残るは受験のみとなった私は学校の図書室で勉強をしてから家に帰っていた。


 『まだ冬に入ってないのに結構冷えるなぁ…はー…はー』


 白い息が出てもおかしく程の寒さに凍えながら手に暖かい息を吹きかける。


 『あともう少しで受験かぁ…いろいろ不安だけど、今は自分のことに集中だよね!』


 気合を入れようと息巻いて歩いているといつもの通学道の少し大きな橋の前まで来て前人影が見えた。その子は小柄で小学生くらいの背をした子、何をしているのかと思ったとたん欄干のよじ登っているのが見え、危ない!そう叫ぼうとしたが、あまり視力はよくない私にもそれが誰なのかがはっきりとわかり喉が詰まる。


 『真紀…?』


 そう、橋の真ん中の欄干によじ登り今にも落ちようとしている真紀の姿がそこにはあった。遠目に見える真紀の姿に伸ばした右手が重なる。今すぐにでも止めないと…そう思うのに足に重りがついているかのように動かない。叫べば届くかもしれない声も今は出ない。


 次の瞬間ポケットに入れていたスマホが振動し、内容を確認すると相手は妹の真紀からだった。


 『(真紀)お姉ちゃん…ごめんね』


 そのメッセージの後再度橋の真ん中を見るが、真紀の姿はもうすでに無く足に力が入らなくなった私はその場で膝から座り込んだ。目が熱い、そう感じるな気がして制服の袖でそれを拭う。


 『あはは…多分、受験勉強の疲れか何かよね…』


 私は、何かの間違いではないだろうか、そう強く自分に言い聞かせ橋の下を見ずに家に着き妹の帰りをリビングで待っていた。夕食の時間になっても一向に真紀は帰ってこず、心配もしたが両親とご飯を食べ始め味のしない食べ物を口に含んだときスマホの着信音がなる。席を立ちお母さんはそれに出るとお母さんは最初は何もないような表情をしていたけれど、だんだんと顔色が悪くなっていくのをお父さんと一緒に見ていた。


 五分程の電話が終わり椅子に座るお母さんは無気力というか何か起きたのかわからないといった表情で私とお父さんの顔を交互に見てこういった。


 『真紀が……死んだって』


 『……』


 『……』


 言っていることが理解できないと言わんばかりの表情をしたお父さんと目が合う。続けるようにお母さんは口を開く。


 『今日の夕方橋の下で真紀の死体が発見されたそうよ…』


 その後、家に警察の方が来て色々をお話を聞かれたり、話されたりしたけど何も頭に入ってこない。ただただ現実を受け止めるだけの時間が欲しかった。


 翌日真紀の葬式が行われ、遺体の状態の真紀の顔をただただ眺めていた。火葬場に行く前に私は真紀と二人にしてほしいとお願いし今はだだっ広い空間に私と動かなくなった真紀がいる。真紀には白い死装束しにしょうぞくが着せられて隠せていない腕や足にはちょっとした傷が見えた。最後に彼女の体を見たいと思った私は真紀の服を脱がせると…


 『なに…これ……』


 無数の傷やあざがついていた。冷たくなった肌に手を滑らせると凸凹とした感触がはっきりとして、それはいつも服で見えない箇所にあり途轍とてつもなくグロく歪な物のように感じる。その瞬間、胃の中から何かが昇ってくる感覚を味わい思わず口を手を塞ぎ、急いでお手洗いに向かった。真紀は私に心配を掛けたくなかったのかな…もやもやした気持ちのまま胃の中が空っぽになるまでその場でしゃがみ込んだ。


 無事お葬式が終わり、数日両親と私は仕事も学校を休みただただ時間が過ぎるのを待っていた。何もする気が起きない…もうあの子に会うことも、触れることも、体温を感じることもできなくなってしまったの事に絶望を隠し切れないでいた私はふと昔を思い出していた。真紀が私のことを拒絶をしだしてからもう二年と半年ほどたっている、もし帰り挨拶が無いときにもっとちゃんと聞いていれば…お風呂に入りたくないとお言ったあの日に無理やりにでも中に入っていれば…そう思わずにはいられなかった。


 学校に行くとみんなが心配をしてくれたが、正直どうでもいい。放課後になり、私の部活がない日は真紀が私の席にまで迎えに来てくれていたころを思い出す。家に帰る途中も私の隣で手を繋いで笑顔でこちらを見ていたころを思い出す、家でも玄関風呂私の部屋すべてに真紀との思い出がある。

 何もできなかった自分がとても情けなくて、思い出に押しつぶされそうになった私は今すぐにでも此処から居なくなりたくて…卒業後に家を出たいと親に告げた。




 *****




 今思い返してみるもとてもつらい記憶もう見る事の出来ないあの子の笑顔。でも今私の胸の中で大声で泣く少女を見ていると妹が泣いたとき、いつも私の胸に顔をうずめていたことを思い出す。染めていない黒髪のショートからは不器用なのか手入れをしていないのか少し跳ねた毛、幼さを残したぷにっとした頬、クリッとしていていつまでも見ていられそうな綺麗な瞳…真紀と美波が重なって見えた。

 こんな風に見えたのはこれで二度目、一度目は初めてあったその日。ベッドに全身の体重をかけ、幼い身体を痙攣されながら真紀にしてあげた時と同じあの蕩けた表情。見れば見る程あの子に似ていて…もう二度と失いたくない。今、手の届く美波を手放さないようにしないと…そう強く思い抱きしめる力をより強くした。


 少し落ち着きを取り戻したのか目元を赤くしながら私を見上げ、何かを訴えるかのような顔。『嫌じゃなかった』先ほどの言葉を思い出し昔妹にしてあげたように唇を重ねた。

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