第3話 私が求めていたもの…
スーパーからの買い出しも終わり、今朝は軽く凹んでいた大き過ぎるリュックがぱんぱんに膨み重みを感じつつもシェアハウスに無事に二人で着いた。
家に入るなり私は、鍵を掛ける由香里にお互いの物の荷物を整理しようと言い、共有スペースに向かった。共有スペースにはカウンターキッチンとテレビ、ソファがあって部屋の隅には背の高い観葉植物などがあり過ごしやすい空間になっている。私はキッチンに入り冷蔵庫に入れるものを入れ、戸棚の中から鍋を取り出しIHの上へ。まだご飯を作るには少し早い時間なので、今日買ってきた日用品などをリュックから取り出し置きに行った。
少しものの置き場所に困りはしたが、ご飯を作るにはちょうどいい時間なので共有スペースに足を運んだ。再びキッチンに戻るとカウンター前に二脚ある奥側の椅子に座りスマホを弄っている由香里がいた。私はキッチンから由香里の正面側に立ち、今日買ってきたエプロンを付けながら質問をした。
「今日鍋にするのはいいけど、何鍋がいい?水炊きでもいいけど素買ってきたからキムチ鍋もできるよ」
小泉さんはスマホをカウンターに置き顔を上げ、迷ったような顔で私に言った。
「うーん、辛いのはあんまり得意じゃないけどまだまだ冷えるからキムチ鍋がいいかな」
辛いのが苦手なら買う前に聞けばよかったかな思いながら了解と言い、鍋の調理を始めた。まずは、豚肉を一口大に、白菜をざく切りに、長ネギを斜め切りに、ほかの食材も食べやすい大きさに切っていく。鍋の中にキムチの素と水を入れて火にかけ、ニラ以外の材料を加え煮込んでいく。ぐつぐつという音とともにキムチの食欲をそそる香りがし喉を鳴らすと、カウンターの向こう側から美味しそうな匂いという声が聞こえてきた。仕上げに切ったニラを加え完成と声に出すと由香里は待ってました言わんばかりに食器をカウンターに乗せていた。
食べる用意ができ、由香里の隣に座り両手を合わせ「いただきます!」が重なる。私は、由香里は食べるのをじっと見て…
「おいしい」
「よかった」
おいしそうに食べる横顔に安堵し、私も食べ始めた。
お鍋も半分程食べ終わると、お箸を食器の上に置いた小泉さんに気づいた。彼女の横顔を覗くように顔を振ると神妙な面持ちの由香里と目があった。
「ねぇ美波ちゃん。美波ちゃんはどうして逃げないの?」
「逃げる…?」
由香里は顔色一つ変えず質問してきた。私は一瞬何の事かわからなかったが、すぐに由香里の聞いてきたことが分かった。由香里は少し俯きながら続ける。
「昨日、私がしたこと…嫌じゃなかった?初対面で普通、あんなことしないよね…」
「………私を襲ったことですか」
「…うん」
先ほどまでの明るい雰囲気は消え、空気が急に重くなるのを感じた。普通か…昨日のことはあまりよくないことだとはわかっている。でも…
「私は嫌じゃなかったですよ…」
えっ?と驚いたような顔をして俯いていた顔を上げ、私と目があった。私は正直な気持ちを彼女に伝えようと口を開く。
「私、あんなふうに求められたことなかったので…正直うれしいという気持ちが勝っているというか…」
「本当…に?」
怪訝そうな顔の由香里に、私は少し笑みを浮かべながらはいと答えた。普通なら好きな人以外の人にされるのに嫌な顔をする人も多いと思うが、私にそういう気持ちは一切なかった。何か理由が欲しそうな顔をしていたので過去のことを話し始めた。
私は当時中学1年生、小中高一貫の学校に通っていて不便に思うことはなかった。いつも皆から妹みたいと言われ甘やかされて、それがまるで普通のように日々を過ごしていた。そんなある日、小学1年時から仲の良かった親友の
最初は、朝の挨拶を無視されることでその時の私はまだ気づいていなかったと思う。二日目からは美沙との日常会話すらなくなって、三日目からは物がよくなくなるようになり、四日目からはクラス皆が私を避けるようになった。私が何をしたのだろうか…そんなこと
それからも嫌がらせはエスカレートしていき、朝持ってきていた体操服が目を離すと男子トイレに入っていたり、シャーペンの芯が全て折られていたりと目に見えて故意的な物へと変化していってさすがの私もこれが、いじめなのだと自覚した。
昔みたいにみんなと普通に話しがしたい、妹みたいと頭撫でてもらいたかっただけなのに。そう思った私は久しぶりに美沙と話をしたくて話しかけた。でもそれは私が思っていたよりひどかった…
『ねぇ、美沙話そうよ』
『誰かあんたと…』
中学2年冬ごろクラス数人のいる前で美沙に話しかけていた。でも反応はとても冷たい声、とても低い声、昔とは違う強い口調。
『前はよく話してたじゃん…』
『私は話したくない!』
『え、私たち…友達でしょ?よく、妹みたいって言ってくれたでしょ?』
『私、友達と思ったことないんだけど。いつもいつも、誰かに媚びを売るようなことしてさ、鬱陶しくて、ひどく目障りだった。私の好きな人を知ってて…告白されても振るとか、何私への当てつけ?』
『……』
『私、あんたの事一度だって対等な友達として見たことないから!』
あぁもう私一人の力じゃ変えられないのかも、背も低くて力もなくていつも誰かの力を借りてきた。だから、今回も誰かにすがるしかないと思ってしまう。幸い私は告白してもらえる程の顔はしている、誰かが助けてくれるはず。
そう考えた私は中学3の夏までに10回告白して回った。でも…
:ごめん、相沢のこと興味ないから
:すまん、背が小さすぎて彼女としては見れない
:流石に…無理かな
:小学生みたいな子に言われても…
結果は散々だった…誰も私を見ていない、誰も私を必要としていない求めていない。そうわかってからは学校に行かなくなった。お母さんからは心配をされ、お父さんから説明を求められ、自室にこもり部屋の隅で縮こまる毎日。私は今まで何を見てきたのかがわからなくなる、これまで見えていたものが幻覚だったんじゃないのか、夢なんじゃないのか…そう考えたとたん霞がかった視界から頬を伝う熱い雫が流れ、今まで出したこともないような大きな声で泣いたのを覚えている。
「それで?」
「心配してくれた両親が話を聞いてくれて、転校することになったの。『誰もいない美波を知らない人たちがいる環境なら』って、過保護すぎるお母さんからの提案で…」
「うん…」
「でも一人じゃやっぱり心配だからって、お母さんの友人の伝手でここのシェアハウスに住むことになって…そんなこんなで由香里と出会って」
「私が……なんかごめん」
「謝らないで?私、言ったでしょ『嫌じゃなかった』って…」
真剣に私の話を聴いてくれる由香里の顔はとてもとても綺麗に見えた。続けてと聞こえたような気がして私は声を出す。
「だから、誰かに求められたのがうれしかった…小学生みたいで女として見れないって何回も言われた。だから…由香里にしてもらえて私は幸せだった」
最後の言葉を言い終えるとあの時と同じように涙が零れるのを感じる。すると由香里は私を包むように抱きしめてくれた。嗚咽する私を強く抱きしめ、母親が子供をあやすように背中をポンポンと叩いてくれる。由香里の「大丈夫だよ」という声が聞こえ、昔のように声を上げて泣いてしまった。
そのまますがるように彼女の胸を濡らした。
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