2-9 本当の未練

 深織は楓林に言った。


「違うよ、楓林くん。花子ちゃんの未練はそんなことじゃない」

「はぁ? なにが違うって言うんだよ? ただの人間で部外者のアンタに何がわかるんだよ? 前に教えただろ。オイラは幽霊の心を読むことができるんだよ」

「私は天狗じゃない。楓林くんがそう言うなら、たしかに花子ちゃん自身もそう思っているのかもしれない。でも、楓林くんが読めるのは、幽霊の心の表面でしかないんじゃない?」


 楓林は顔をしかめた。


「何が言いたいんだよ?」

「思い出して、『天倶町七不思議』の『トイレの花子さん』の話を。花子さんはトイレにやってきた子になんて言っていたかを」


 それで、楓林も気づいたらしい。


「まさか……そうか……」

「ええ、花子ちゃんの本当の未練は……」


『天倶町七不思議』によれば、花子はトイレで児童にこう言っていたはずだ。


『私、花子……お友達になって……』


 それがつまり答えだ。


「花子ちゃん、あなたの本当の未練……いいえ、願いは友達がほしいってことなんでしょう?」


 花子は目を見開いた。自分が心の奥底にしまっていた本当の気持ちに、ようやく気づいたとばかりに。


「だから、幽霊になっても小学校に通った。友達がほしいから、子ども向けのレンタルビデオにあなたの想いがやどった。悪戯書きをしに来た子たちにも、本当は『友達になって』って言いたかったけど、声が届かなかったから鬼火を見せたんじゃないの?」


 友達がほしい。

 今、花子が願っているのはそれだけだ。

 だから、深織は言った。


「大丈夫、私がお友達になるわ」


 花子は不安そうな顔になった。


「本当に? 本当に、私のお友達になってくれる?」


 深織はうなずいた。

 花子は涙をとめて笑った。


「ありがとう、深織ちゃん」


 花子の霊は少しずつ空へと登りはじめた。

 優占が花子に右手をのばした。


「花子ちゃん……」


 だが、楓林はそんな優占に言った。


「とめてやるなよ。花子はようやく、行くべき場所に行けるんだから」


 花子の霊は雲の上まで昇っていき、やがて見えなくなった。

 深織は楓林にたずねた。


「天国ってこと?」

「天国とか地獄とか、そんなのがあるかはオイラも知らないよ。花子が向かったのは……あえていうならあの世かな」

「そう」


 うなずいた深織に、楓林はあきれ顔になった。


「ったく、びびったぜ。幽霊とお友達になるなんて言うから、アンタまで自殺するんじゃないかと思ったぞ」

「さすがにそれはないわよ。だいたい、そんなことをしたら、今度こそ花子ちゃんが自分を責めて悪霊になっちゃいそうじゃん」

「まーな。まったく、参ったよ。アンタみたいなド素人が幽霊を救って成仏させるとか、天狗の使命が泣くぜ」


 今の楓林には、先ほどのような恐ろしさも凄みもなかった。

 深織はそれで思いついた。

 未だに花子が消えた空を見上げて泣いている優占と和尚に聞こえないよう、深織は小声で楓林に確かめた。


「ひょっとして、本当の天狗の使命は人間を罰するんじゃなくて、花子ちゃんみたいな幽霊を成仏させてあげることなの?」

「まーな。マジで悪人を罰する天狗もいるみたいだけど、オイラはメンドーだからそんなことしねーよ」

「じゃあさっきのは演技ってこと?」

「さーてな。父ちゃんたちが全然反省していなかったら罰したかもよ?」

「あら、そうなんだ」

「ま、なんにしても今回は疲れたよ。『天倶町七不思議』なんて話をアンタに聞かせた副部長さんに文句言いたいくらいだ」

「ははっ、伊都子ちゃんに伝えておくわ」


 深織と楓林は苦笑した。


「じゃあ、疲れをとるために天倶商店街で何か食べようか」

「おう、父ちゃんと和尚もいつまでも呆けてないで、メシ食おうぜ」


 優占は「ふぅ」と息を吐いてから言った。


「そうですね。私もお腹がすきました」


 優占の表情は、ちょっとだけ無理した笑顔だった。

 深織はあえて明るい笑顔で言った。


「じゃあ『ありえないラーメン』を食べに行きましょう! 優占さんのおごりってことで! 夜だし三杯は食べるわよ!」


 そう宣言した深織に、楓林がうんざりした顔になった。


「いや、それはもう勘弁してくれ……。っていうか、本当に解明するべきなのは七不思議の謎じゃなくて、アンタのブラックホール胃袋の真相じゃねーのか?」

「そこはほら、私って育ち盛りだし?」

「そんな言葉ですむかっ!」


 楓林のツッコミが、夜の墓場に響いたのだった。

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