天倶小学校新聞部 ~天狗の占い屋と七不思議のヒミツ~
ななくさ ゆう
第1話 天狗の占い屋とちびっ子天狗
1-1 ある日の天倶小学校新聞部の部室にて①
夏休みまで三週間に迫ったある日の放課後。
「あー、もう、今月もつまんないなぁ」
彼女は、先日発行した校内新聞――
そんな深織に声をかけてきたのは五年生の
「なーに嘆いているんすか、部長?」
「これよこれ、決まっているじゃない」
「七月の天小新聞っすか? 何か問題でも?」
首をひねる伊都子に、うんざりした気分で深織は聞いた。
「今月のメイン記事は?」
「六月にあったサッカー部の対外試合の結果っすねぇ」
「他の記事は?」
「えーっと、夏休みの生活の諸注意っすね。『宿題は毎日やりましょう』とか、『熱中症に気をつけましょう』とか。あとは私が連載中の四コママンガ『天小の子狐くん』っすね。今月はスペシャル版で二本同時掲載。いやー、締切がきつかったっす」
笑う伊都子に、深織はついにいらついた声で怒鳴った。
「だーかーら! この内容のどこに面白みがあるのよ!?」
「スポーツ部の活躍はみんな知りたいんじゃないっすか?」
「ええ、そうね。それは百歩譲っていいとするわ。たしかに大人向けの新聞だってスポーツ記事は人気だしね」
「ならOKじゃないっすか。マリちゃんも一生懸命取材がんばったんでしょう?」
ちなみにマリちゃんというのは四年生の新聞部員だ。部活動は四年生からだから、まだ入部して三ヶ月ほど。
サッカー部の試合は深織とマリとで取材したのだが、マリも一生懸命サッカー部員にインタビューしていた。
「そりゃーね。マリちゃんはがんばってくれたわよ! それは認めるわ。でもさ、他の記事はどうなの? 夏休みの諸注意? そんなの誰が読みたいのよ? 教師側の言いなりになっているだけの記事じゃない!」
「そうっすけど。しょうがないんじゃないっすか。教頭先生からの要請なんっすから」
「それに、四コママンガ!」
「今年度から連載をはじめて、かなり人気っすよ」
伊都子はマンガ家志望。新聞部に入部したのも四コママンガを発表したいかららしい。
「別に伊都子ちゃんのマンガがつまらないとは言わないわ。でもね! 紙面の四分の一がマンガの新聞ってどうなのよ!?」
叫んだ深織に、伊都子は「はぁ」とため息をついた。
「あのですね、部長……」
「何よ?」
「それ、おおむね部長のせいっすよね?」
「どういう意味よ?」
「どうもこうも……部長が『真実の報道を~』とか言って、先月の取材時間を使い切っちゃったんじゃないっすか」
「私はいつか世界一のスクープをモノにするの!」
深織の夢はジャーナリストだ。世界中を飛び回って様々な取材をして世界を揺るがす記者になりたいのだ。
そう熱弁した深織に、伊都子は冷めた声で言った。
「それで、取材した内容が『教頭のカツラ疑惑に迫る』っすか? 人の身体的な特徴をあばくとかあんまり感心しないっすよ」
「いや、だってさ。学校内でスクープになりそうな噂ってそれくらいしかなかったし……」
「仮にそれが本当だとしても、完全にゴシップ記事じゃないっすか」
「それはそうなんだけどさ」
「で、一ヶ月ねばって取材時間を無駄にしたあげく証拠が見つからず、ついに教頭先生の髪を後ろからひっぱる暴挙に出たと」
「いや、えーっと」
「それで、教頭先生が大激怒。もう少しで新聞部が廃部になりそうでしたよね? なぜか私も一緒に謝罪させられたっすよ。『夏休みの諸注意』をしっかり新聞の半分以上掲載することを条件に部は存続したっすけど」
「ううっ……」
「下手したら私の四コマまで終了っすよ。商業デビューより前に打ち切りマンガ家になるところっすよ! マリちゃんががんばったサッカー対外試合の記事も、あやうく没になるところだったっすよ」
「それは……悪かったわよ。ごめん」
深織だって反省はしているのだ。
伊都子の言うとおり、そもそも教頭のカツラ疑惑なんて真実の報道というよりも、悪質なゴシップ記事だ。いきなり髪をひっぱったのもまずかったと思う。
「だけどさぁ、私はやっぱりスクープをモノにしたいの!」
「いやぁ、小学校新聞でスクープとか言われても……」
もちろん伊都子に言われるまでもなく、深織だってわかっている。
天小新聞は学校内の出来事を紹介するためのものだ。小学校にスクープなんてそうそうないだろう。
「そう言わずにさぁ。伊都子ちゃん、何かネタない?」
伊都子は困った顔を浮かべた。
「そんな、そうそうネタなんて……」
「噂話とか、そういうのでもいいの!」
「噂話っすか……」
伊都子は「う~ん」と腕を組んで悩んでみせた。
「あー、そういえば……」
「なになに? なんかあるの?」
「最近、天倶商店街に面白い店ができたらしいっすよ」
天倶商店街は天倶小学校の校門から徒歩二分の場所にある。
この時代にシャッター街になっていないあたり、がんばっているのだろう。
「面白い店?」
「なんでも『天狗の占い屋』とかいうらしいっす」
「へー、占いねぇ」
「よく当たる占いってご近所の女性たちに評判らしいっすよ。なんでも天狗の力を借りた占いとか」
その説明に、今度は深織の方がため息。
「天倶町だから天狗ってそんな安直な……」
「たしかに『天倶』って『てんぐ』とも読めるっすね。今気がついたっす。部長、さすがっすね」
「アリガト。でもさ、よく当たる占いって、どうせバーナム効果でしょ」
「バーナ……? なんすかそれ?」
頭の上に『?マーク』をたくさん浮かべているかのような表情の伊都子に、深織は説明した。
「誰にでも当てはまることを言って、当たったって錯覚させる手法のこと」
「えーっと?」
「たとえば……そうねぇ『あなたは一見明るいですが寂しがり屋の一面がありますね』とか」
「それが、バーナーコーカですか?」
「バーナム効果よ。『明るい人』っていうのも『寂しがり屋』っていうのも誰にでも当てはまるでしょ」
「そうっすかね?」
「そうよ。客観的評価はともかく、誰でも『明るくありたい』とは思っているでしょうし、時には『寂しい』と感じたこともあるでしょう」
「うーん」
納得できない様子の伊都子に、深織はさらに続けた。
「じゃあさ、もう少し具体的にやってみようか。伊都子ちゃん、あなたはこれまでの人生で大切な人と大ゲンカしたことがあるわね? そのことを今でもずっと後悔しているはずよ」
「たしかにそうっすね。この学校に転校する前に故郷の友達とケンカしたままで、今でも後悔しているっすけど……なんで部長がそんなことを知っているんすか? 話したことありましたっけ?」
「聞いたこともないわよ。でもね、人間十年も生きていれば後悔するようなケンカの一つや二つしたことがあるものなの」
「うーん、言いたいことは理解できなくもないっすけど……でも、そういう経験が全くない子もいるんじゃないっすか?」
「そうしたらこう言えばいい。『保護者とケンカしたこともありませんか?』ってね。親と一度も言い争ったことのない小学生なんてほとんどいないでしょうし、親とケンカしたら心のどこかに罪悪感くらい残っているわよ」
深織だって、母親とケンカして後悔したことくらいある。
「ちなみに、親じゃなくて保護者って言ったのは万が一の予防線よ。『私が赤ちゃんの時に、両親が亡くなったってこともわからない占いなんですか?』って反論されたら困るもの」
「う、うーん」
「まあ、小学生だと思い当たることが本当に一つもない子もいるかもだけど、人生経験が豊富な大人なら、過去に後悔するケンカの一つや二つしたことがあるでしょ」
「たしかにそうかもしれないっすね」
「これは一例だけどね。占いなんてそんなもんよ」
バーナム効果は有名な手法だ。占いだけでなく、詐欺や洗脳にも使われる。
実際にはもっと複雑かつ高度な手法も使うのだが、占い師でも詐欺師でもメンタリストでもない深織にはこれ以上は無理だ。
「部長って冷めているっすね。それで人生楽しいっすか?」
「私は真実を報道するジャーナリストなの! 『当たるも八卦当たらぬも八卦』なんて開き直る占いは嫌いなの!」
「はあ、真実の報道っすか。それで『教頭のカツラ疑惑』と」
「うっ、だからそれは悪かったってばっ! でもさ、そもそも天小新聞で小学校外のお店のことを報道するのもねぇ」
「あ、そこは常識的な判断が働くんすね。でも、一応天倶小とも関係あるっすよ」
「どう関係があるの? 大人だけでなく児童か先生も占いにハマってるとか?」
「そういう情報はないっすけど、その店でウチの学校の児童が働いているらしいっす」
伊都子の言葉に、深織は眉をひそめた。
「マジで?」
当たり前だが児童のアルバイトは禁止だ。
というよりも、一般に子役などの一部職業以外で小学生を雇うのは労働基準法違反である。
もし本当に天倶小の児童が雇われているなら大問題である。
「たしかにスクープの匂いがするわね。誰なの、その働いている子って?」
「三年二組の
「なるほどね……たしかに調べてみる価値があるかもね。これから取材に行きましょう」
「え、私もっすか?」
「何か用事があるの?」
美織が聞くと、伊都子は「はぁ」とため息をはきつつ言った。
「了解っす。部長一人で動くと今度はどんな問題を起こされるかわからないですし」
「どういう意味よ?」
「今度は占い師さんの髪の毛ひっぱって大目玉とかありそうじゃないっすか」
「さすがにしないわよ!」
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