第5話

 由良木音羽ゆらきねう。彼女の存在は俺の教員としての、ひいては人生の分岐点となった。


 俺のクラスは男女比が2:3で女子が一人多い。少人数での一人の差は大きくよく男子2人が俺の元へ来て話をする。逆に言えば女子との授業外での関わりはほぼ皆無と言ってもいい。

 そのためか由良木のとった行動にとても驚いた。

「木野先生……好きです付き合って下さいっ!」

 告白。

 2文字に納まるほどその言葉は軽くない。

 小4女子は個人差はあるが反抗期、思春期と呼ばれる時期だ。感情の起伏が激しくなり、自己のアイデンティティが揺らぐ事が珍しくない。

 それ故に恋愛という未知なる感情に興味を持ったり同い年の男子とは全く違うように見える一回り二回り年上の男性に恋愛感情を向けるようになる。あくまでの話だが。

「………………」

 当然断る。実際禁じられてはいないが、禁断の恋に憧れは無い。

 なによりこの頃の少女は憧れと恋愛感情を同視している事が多い。思春期だからそう言った判断の基準が曖昧なのだろう。

 由良木は俺の返事を待っているようで、スカートの裾を少し握りながら上目遣いに俺を見る。

 いつも着けてる眼鏡を外しているため瞳がよく見える。告白の恥ずかしさからか、頬は朱に染まっておりぶっちゃけ可愛い。

 教師の立場を無視して述べると、由良木は眼鏡を外すと化けるタイプだ。

 コンタクトにすればモテるだろうと思っている。休み時間は本を読んでいて成績も優秀。隠れた美人系。

「そう言えば由良木。なんで今日眼鏡着けてないんだ?」

 俺は話をそらすようにして質問した。

「そ、それは……視界がぼやけて恥ずかしさが減るかと思って……」

 なるほど。面白い対処法だ。だが実際やってみたところ普通に恥ずかしかった訳か。

「……良いぞ」

「──えっ?」

「えっ?ってなんだよ。由良木の告白のこと」

「ほ、本当ですか?」

「本当だよ。ここで嘘ついてどうなる」

 由良木は何度か目をパチパチとさせてふにゃりと破顔した。


 この時の俺は控えめに言っても頭がおかしかった。リアルタイムで思ってた。

 メリットもない、恋愛感情も無い、関わりも無い。俺は大人で由良木は子供。30代のおっさんと10歳の少女。

「……ははっ」

 俺は小さく笑った。由良木が不思議そうに首を傾げる。綺麗な黒髪がサラリと流れるその姿はロリコンの俺に刺さるから止めて欲しい。

「あぁ……なるほどね」

「なにがなるほどなんですか?」

「なんでも無いよ。ただの独り言」

 そうですかと由良木。そうなんだよと俺。

 会話が告白でなければ生徒と教師の仲睦まじい光景に見えるだろうか。

 もしそうだとしたら俺はまさしく『善良な変態』で、やはり変態はどこまでいっても変態であることには変わらないのだろう。

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