Day28 方眼
* * *
予想に反し、弔路谷家のキッチンで振る舞われたのは普通のサイコロステーキだった。
しかも、原材料として何が使われているか判らない成形肉ではない。肉をサイコロ状に切って焼いたステーキである。付け合わせは夏野菜のラタトゥイユと、ブラックペッパーの効いたポテトサラダ。どちらも驚くほどに旨い。
それ以上に驚いたのは、弔路谷の左眼を覆い隠す医療用の眼帯である。
昨日、顔を合わせた時には、そんなものはなかった。眼や目許の不調を感じていた様子もない。なのに何故、眼帯を付けているのか。僕は凝視しながら思わず
「今更、厨二病?」
と尋ねた。忽ち膨れる弔路谷の御尊顔。
「どうしてその答に行き着くかな」
ものもらいとかあるじゃん、と言われても。凡人が罹る病に、この女が罹患するとは到底思えない。ものもらいを病にカウントして良いのか判らないけれど。
「実際のところは?」訝しげな目線になっている自覚を持ちながら、僕は訊く。
「昨夜の、ヤツとの死闘でちょっと……」
「やっぱ厨二じゃん」
「違うもん。左眼が疼いたり、前世に封印されし邪悪な力が解き放たれたりしてないもん。魔眼も目覚めてないもん。そこはちゃんと制御してるもん」
「もんもんもんもんうるせえし、厨二じゃないならこの流れで『制御してる』って言葉は出てこねえんだよ」
「ぷー! なんだよぅ、ハジメくんの意地悪!」
一層膨れて喋りだす弔路谷を無視して、僕はステーキを食べ進める。だいたい「ヤツとの死闘」って、一体どこの誰と闘ったんだ。
と、考えたところで、はっとした。厭な予感が芽生えた。手を止め、咀嚼をやめる。
ほどよく焼けたステーキ肉を見据える。この旨い肉は何肉なのだろうか。生憎、僕はグルメではない。ひとかけ口にしただけで「これは○○産××の何処其処の部位」と言い当てるなど不可能だ。せいぜい、牛と豚と鶏の違いを感じ取るしか出来ない。それも調理法によっては「たぶんそう」と曖昧な形で。
蛇や蛙の肉は鶏肉に近いらしい。が、それも昔見たテレビかネットでの情報だ。経験で得た知識ではない。
眼下の肉の色と歯触りは鶏とは別物だった。何に近いかと言えば、牛に近い。しかし、風味は牛肉ではない……。
「――それでね! 前に何かで観た、身体が小間切れになるシーンを思い出して『あれならイケるんじゃない!?』ってなってね、ぱぱぱぱぱーってやったら――」
「なあ、ひとつ訊いて良いか?」
話を遮り、僕は尋ねる。
「これ、何肉なんだ?」
僕の質問に、弔路谷は笑みを浮かべる。嬉しそうに、或いは愉しそうに。ただそれだけだ。先ほどまで元気に動いていた口を閉ざし、口角を上げ、唇で奇麗な弧を描いて。
弔路谷怜は何も語らない。訪れた沈黙が、問いへの答を雄弁に物語っている。
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