Day26 すやすや

 普段の喧しい電波が嘘か幻のように、弔路谷怜ちょうじたにれいの寝姿は美しい。

 頭の天辺から足の先まで真っ直ぐ。仰向けの体勢のまま微動だもしない。胸の下――鳩尾のあたりで重ねられた両手も同様だ。穏やかな寝顔には、あどけなさが残っている。

 注視しなければ胸部や腹部が上下しているか否か、確認することは出来ない。まるで人形だ。フリルのついたネグリジェを纏い、豪奢な寝室の、天蓋付きベッドなら尚更そう見えるに違いない。或いはドレスを着て、ガラスの棺に入れてみたらどうだろう。

 弔路谷の容貌は決して悪くない。意識ある本人を目の前にしては絶対に言わないけれど、端麗だ。

 だから、そう、魔女の呪いで長い眠りに就いた美女だとか、毒林檎の欠片を喉に詰まらせて仮死状態となった姫君の役をやらせたら、彼女以上に適任なひとはいないと思う。


 ……現実は、豪奢な寝室の天蓋付きベッドでも、ガラスの棺でもなく。廃墟なのだけれども。


 弔路谷は心霊スポットとして名高いK廃墟(仮称)の最上階で眠っている。赤を基調とした着物を纏って。とても静かに。何処の誰が置いたのか判らない日本人形みたいだ。ひたすらに不気味で仕方ない。

 眼前の光景より遙かに気味が悪いのは“彼女が何故、廃墟で眠っているのか”だった。何の連絡もなく一日半失跡したかと思えばこれである。行儀よく重なった弔路谷の両手を摑み、軽く揺さぶってみる。

「おい、起きろ」

「…………」

 何の変化もない。もしやマジで人形になったのか?

 唇のあたりに掌を翳してみる。幽かに空気の流れを感じた。首筋に触れた指先へ意識を集中させる。脈がある。思わず深い溜息をついた。

 今度は、先ほどよりも激しく揺さぶってみる。

「とっとと起きろってば」

「…………」

「いつまでこんな穢い、散らかりまくった場所で惰眠を貪るつもりだ。LINEも電話も無視しやがって」

「…………」

「……僕は『眠れる廃墟の奇人を目覚めさせる悪者』役はごめんだぞ」

「そこは『眠れる廃墟の美女を優しく起こす王子様』役じゃないの?」

「起きてんじゃねえか」

 反射的に弔路谷の額を叩く僕。暗く、おどろおどろしい空間に「あいたー!」と騒がしい声が響いた。飛び起きた弔路谷は元気いっぱいだった。

「痛い痛い、痛いよハジメくん! あたしの額、割れてない? ぱっくりいってない?」

「いくわけねえだろ。うるせえな」

「ひとの眠りを邪魔しておきながら、その態度はなくない?」

「こんなとこで爆睡してる奴が悪いんだろ」

 舌打ちをする僕を、弔路谷はきょとんとした表情で見上げる。そして、おもむろに周囲を見回すと首を傾げて呟いた。その言葉に、僕は少しばかりぞっとする。

「……はわわ、ここどこ?」

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