Day24 ビニールプール
日向に設置されたビニールプールで大量の怪異が死んでいる。
怪異を指して「死んでいる」と言うのも妙な話だし、そのように表現するのが正しいのかも判らないけれど、とにかく本当に死んでいるのだった。大人も小人も犬も猫も蛇も、蛙と烏と鮫を合体させて魔改造したようなやつも。みんな鮨詰め状態にされてぐったりしている。
因みに、犬は犬でも、いつぞやに遭遇したトイプードルではない。異様に牙が長いドーベルマンである。
文字通り地獄絵図と化しているビニールプールの横には、
麦わら帽子をかぶり、大振りのサングラスをかけ、少しばかり露出の多い水色のワンピースを着た彼女は、パラソルの下で広げたサマーベッドに寝転がっていた。傍らのローテーブルには、ストローとミニパラソルが刺さったトロピカルジュース。
リゾート地の令嬢よろしく、寝転がったままサングラスを僅かにずらした弔路谷は、僕を認めると「やぁ!」と片手を上げた。
「いらっしゃい! ハジメくんもゴロゴロする?」
「しない」
「じゃあジュースは?」
「いらない。それより――」頭を振り、顎でビニールプールを指す。「何これ」
「お化け煮」
「お化け煮」
「或いは、怪異の寄せ鍋」
「怪異の寄せ鍋」
馬鹿みたいに反復するしかなかった。厭になるほど暑い最中、どうしてこんな奇行に走ったのか。考えたくもないが一応知っておこうと思い、訊いてみる。すると
「気に入らなかったから」
という、これまた馬鹿みたいな回答が返ってきた。僕は頭を抱えた。もしかしたら僕らの脳味噌は酷暑に耐えきれず、ぐずぐずに蕩けているのかもしれない。煮込み料理の如く。
少なくとも僕の思考回路は溶けている。
弔路谷の、通り魔の犯行理由みたいな主張を耳にして一番先に浮かんだの「人権」の二文字だった。怪異を指して「人権」を主張するのも妙な話だし、怪異に人権があるのか知らないけれど、そして仮にあるのなら「人権」とは称しないだろうが、怪異の中には毒にも薬にもならないやつが居る。なので「気に入らなかったから」と言ってビニールプールを鍋に、太陽光で煮込んで良いとは思えない。彼らが弔路谷怜に害を成したのなら話は別だけれど。
「何もしてないよ」ストローでトロピカルジュースを掻き混ぜながら、弔路谷は言う。
「ただそこに居てウザかったから、取り敢えず纏めただけ。怪異に人権なんてないよ。仮にあったとしても
「……でも、寄せ鍋は駄目だろ。涼しいけど、見栄えが悪い」
「…………確かに。電気代の節約になって良いかな〜って思ったけど、キモいね!」
よし、始末しよう! と意気込み、サマーベッドから降りようとする弔路谷へ僕は待ったをかける。
「僕がやるから。お前は寛いどけ」
「え〜、いいよ。あたしがやったことだし。自分のケツは自分で拭かないと」
「じゃあ、僕のためにジュースを頼む。お前と同じやつ」
「よろこんでー! 特別に、パラソル二本付けちゃうね!」
「いや、一本で良い」
ご機嫌な様子でキッチンへと向かう彼女を見送り、僕は慈悲をもって怪異たちを解放してやる。ビニールプールを引っ繰り返せば、彼らは忽ち息を吹き返した。そして這々の体で去っていく。
その中に、トイプードルの姿はなかった。僕は溜息をつく。
残念だ。もしも例のトイプーが居たら、絶対に逃がさず丁寧に引き裂いてやったのに。
本当に残念だ。
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