Day23 静かな毒

 呪いの番傘レーラちゃんから

弔路谷怜ちょうじたにれいが遂に呪われた」

 との連絡を受け、純米酒と塩を手土産に見舞いへ行ったら、存外元気でガッカリした。元気どころか、寒いぐらい冷房の効いたリビングでソーラン節を踊っている。何故、ソーラン節。

 いや、マイムマイムよりはマシだけれども。


 高校三年の秋。受験勉強に嫌気が差した弔路谷は、ひとりでマイムマイムを踊った。しかも三夜連続で。何故そのことを知っているかと言うと、至極単純な話、ビデオチャットで披露されたからだ。あれは普通に恐かった。本当に独りぼっちだったのだ。怪異も霊も人間も居ない。弔路谷怜ただひとりが、黙々とマイムマイムを踊る。あれほどの恐怖映像を、僕は見たことがない。

 それに較べればソーラン節なんて、全然恐くない。寧ろ平和的だ。意味は不明だけど。

「なんで踊ってんだよ」

 溜息混じりに尋ねたら煌めく笑顔で

「『病は気から』って言うでしょ!」

 と返された。確かに、言うけども。

「お前、呪われたんだよな?」

「そうだよー! 呪われた! ばっちりがっつり!」

「“呪い”と“病”を同列にして良いのかよ。つーか、ちょっと落ち着け。ソーラン節やめろ」

 弔路谷のスマホを手に取り、音楽を止める。

「あー! 今ノってきたとこだったのに!」とか何とか喚いているが、知ったことではない。

“呪い”と“病”、果たして同列で良いのか。

 再度問いかける前に、地団太を踏んでいた弔路谷の動きがぴたりと止まった。小さく呻き、腹を抱えて口許を手で覆う。そのまま、身体をくの字に曲げた。僕は持っていた物を置いて、慌てて駆け寄る。

「おい、大丈夫か!?」

 背中に手を添えたのと、彼女が嘔吐したのはほぼ同時だった。びしゃびしゃとフローリングに撒かれる赤黒い液体。血液だとすれば尋常ではない量だ。が、血液とは別物だと判る。根拠はない。ただの直感だ。

 その直感を証明するかのように液体は独りでに蒸発していく。弔路谷が「おえ」と何かを吐き出す。それはピンポン球ほどの大きさの肉塊だった。肉塊は床を二、三度跳ねた。数秒ほど動きを止め、蠢き、短い手足を生やす。

 それは醜い小鬼だった。うわ、キモ――なんてコメントを残す前に、弔路谷が踵で踏み潰す。ブチッと。

「はぁ……疲れた。『一寸法師』に出てくる鬼になった気分だよ」

 すっきりとした表情で、額の汗を拭う弔路谷怜。浮かべた笑顔は清涼飲料水のCMの如く晴れやかだ。


 * * *


 一体いつから呪われていたのか。

 僕が持参した純米酒に、弔路谷家の冷蔵庫にあったスモーク牛タンをつまみして、見当がつくのか質問してみる。

 が、案の定と言うべきか、弔路谷はけろっとした表情で「無理」と答えた。

「思い当たる節が多すぎる」

「だろうな」訊きながら僕自身、そう考えていた。

「でも、小鬼のサイズからして四年前ぐらいかな」

「マジか」

 四年前ということは、既に僕と出会っているということである。

「そんなに前から呪詛を送られていて、なんで気付かなかったんだ?」

「さあ? 遅効性だったんじゃない?」

 知らないけど。と言い、酒を呷る弔路谷。純米酒は彼女の口に合ったようで、どんどん手酌で消費されていく。異様にペースが速い。今度は悪酔いで吐くんじゃないか?

 幽かに笑みを浮かべた弔路谷は「大丈夫」と断言する。

「同じ年月を掛けて完璧にクーリングオフするから、心配ご無用!」

「“呪詛返し”をクーリングオフって言うな」

 それに、その点は全く心配していない。人を呪わば穴二つ。仮に相手が自分の墓穴を用意していないなら、僕が喜んで用意してやる。

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