Day21 朝顔

 幻覚系ストーカー『空色桔梗』が全国的に猛威を振るっている。

 そのニュースの第一印象は「○○系ユーチューバーみたいに言うな」だった。僕とは一切縁のない、対岸の火事だと考えていたのである。対岸どころか地球の裏側の出来事といった感覚だ。

 弔路谷怜ちょうじたにれいの心境も似たようなものだったに違いない。

「へぇ〜、ストーカー界にもジャンルってあるんだぁ。ま、棲み分けって大事だもんね。そこんとこちゃんとしてないとバッティングからのトラブルに発展したり、場外乱闘で戦争が勃発したりするもんね」

 などと、意味が判るようで判らないことを言っていたので。


 しかし。暢気に笑っていられない事態に発展した。

 弔路谷が

「新宿で七色のテケテケとアクロバティックサラサラが戦ってる!!」

 と瞳を輝かせて大興奮した翌日、

「七色のテケテケとアクロバティックサラサラが共闘して、くねくね狩りに出た!! 羨ましい!! あたしもひと狩り行きたい!!」

 なんて騒ぎ出したかと思えば三〇分後に

「桔梗たんと一戦まぐわえば地球温暖化が解決して時計の針が五分戻って氷河期に入れるらしいから一発キメてくる」

 とハイライトが死んだ眼で宣ったのだ。

 これはマズい。完全にマズい。

 弔路谷の電波が今以上に強まれば、それこそ地獄の始まりだ。僕は僕の為に『空色桔梗』退治に乗り出した。どんな装備が必要なのか皆目見当が付かない上に、平素なら頼みの綱である弔路谷怜が“あんな感じ”なので不安しかないけれど。でも、やるしかなかった。

 それが一五日前の話。


 * * *


「ぶっ壊したパソコンを入口にして仮想空間――〈M:glory〉から現実世界へ『コンニチハ』した挙げ句、ハジメくんを惑わせて連れ帰ろうだなんて。なかなかアクティブなストーカーだったね」

 女の声が、不鮮明に聞こえる。それは水中からプールサイドに居るひとのお喋りを聞く感覚に似ていた。何を言っているのかよく判らない。けれど何故か、話題の中心が自分であることだけは判る。

 早く目覚めなければ。衝動に突き動かされるまま、僕はもがきにもがいて浮上する。


 * * *


「あ、起きた?」

 視界いっぱいに弔路谷の顔が広がる。いつかの再現が如く、ちゅーが出来そうな程の近距離で覗き込まれていた。が、今回は叫んだりしなかった。自分でも驚くぐらい冷静な、凪いだ心で「あぁ」と返す。

「起きた」

「おはよー。って言っても、日の出には二時間ぐらい早いけど」

「ここは――」

「ハジメくんち」

「……お前、なんで家に居んの?」

「夜這いしに来ました!」

「…………お、触れた」

「……そこは、お胸を揉むべき場面でしょ。なんで手の甲をつつくの?」

「揉んで良いの?」

「は? 潰すよ?」

「だからだよ」

「そっかぁ」

「…………」

 無言のまま、弔路谷の右手と僕の左手のひらが重なって、繋がる。互いの指を交互に組み合わせて。

「……安心した?」

「うん」

「そっか。あたしも安心した」

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