Day18 占い

 繁華街の外れに〈当たり過ぎる占い師〉が現れると聞き、弔路谷怜ちょうじたにれいと僕は冷やかしに行った。

 日付が変わった頃、噂に聞いた目印を頼りに正しい道順で進むと、確かに占い師は居た。茹だるような熱帯夜にも拘わらず真っ黒いローブを纏い、しっかりとフードまで被っている。組み立て式の小さなテーブルの上には『価格:要相談』の卓上POPと、オレンジ色に輝くランタン。テーブルと揃えているのだろう、キャンプで使うような椅子に坐ったそのひとは、フードの奥から僕らを見据え

「何用だ」

 と言った。ボイスチェンジャーで変えた人工的な声質だった。

「ちょっとお尋ねしたいんですけど」

 テーブルを挟んで置かれた一脚の椅子(こちらは釣りか、ちょっとしたスポーツ観戦に持って行くような小型のものだった)に腰を下ろし、弔路谷は卓上POPをちょんとつつく。

「これって、どういう意味ですか?」

 訝しげな眼を弔路谷から、彼女の左斜め後ろに控える僕へ移し、再び弔路谷へ戻す占い師。

「そのままの意味だ」

「『そのまま』?」

 僕の問い掛けを、弔路谷が継ぐ。

「言い値ってことですか? それとも時価?」

「いや、時価はないだろ」

 なんで? と、僕を見た弔路谷が首を傾げる。

「あるかもしれないじゃん。占い方の流行り廃りとか、占い師の気分とか、実際の力量と評判で価格が変動したりするかもじゃん」

「只でさえ胡散臭い職業なのに、そんなふわっふわな価格設定、許されねえよ」

「……それもそうだね」

 納得したらしい弔路谷が、改めて占い師と向かい合う。一体、彼女からどんな眼を向けられているのだろう。身動ぎした占い師は小さく咳払いをすると姿勢を正した。

「“価値ある対価”であるほど、結果の精度が上がる」

 なるほど? 納得半分、懐疑心半分な僕を置いてきぼりにして弔路谷が「はい!」と手を挙げた。

「それ、あたし払います! だからしっかりバッチリ占って下さい!」

「良かろう」胸を反らし、顎をつんと上げた占い師が言う。「貴女きじょ、何を払う?」


「あなたの命です!」


 しん、と場が唐突に静まりかえった。

 占い師は微動だもしない。僕も動けず、言葉を発することが出来ない。弔路谷は何と言った? あなたの命? あなた、とは? 彼女の真向かいには占い師が居る。視線の先は当然、僕ではない。つまりそういうこと。

 何故?

「あなたは“価値ある対価”と言いました」

 自らが作り出した静寂を破り、弔路谷は滔々と語る。

「『価値がある』と誰が判断するのか。このPOPと、あなたからの問いからして〈占い師〉にはない。〈客〉が判断し、〈客〉の意志で提供する。では、『価値』の審査基準は?

 それは〈占い師〉にある。〈占い師〉が『これにゃあ然ほど価値がねえな』と思ったら、占いの精度は下がる。〈客〉は『もっと子細に知りたい』と思い、更に価値あるものを差し出す。そうやって、あなたの私腹はどんどん肥えていく」

 ぴんと立てられた両手の人差し指が、一定のリズムを刻んで左右に動く。まるでメトロノームみたいに。

「金銭の話は出なかった。ということは『対価』はお金である必要がない。『価値』の有無は〈客〉が判断するけれど、厳密に、誰にとっての『価値』かは明示されていない。つまり、誰にとっての『価値』でも良いわけだ!

 ならば、あなたにとって最も価値が高いに違いない『あなたの命』を対価にします」

「『命』で判り難かったら『心臓』でも良いですよ」

 そう僕が附言すると、占い師は甲高い悲鳴を上げた。全身を激しく震わせ、ぼこぼことローブが隆起し始める。

 やがて中身が消え失せたように崩れ落ちる。ばさっと地面に広がったローブから大量の鼠が飛び出してきた。鼠たちはテーブルの下を、椅子の脚の間を通り抜け、一目散に闇へ消えていく。

 取り残された僕たちは、思い思いの感想を漏らす。

「やっぱ新手の詐欺か」

「職務怠慢が過ぎるね」

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