Day17 砂浜

「殺人的炎天下で浜遊びをするなんて愚かだ」

 と、九十九一つくもはじめ(当時六歳)は考えていた。焼けた砂浜の上を裸足で、或いは防御力の低いビーチサンダルで「あちぃあちぃ」と言いながら歩く。子供に併せて作られたプラスチック製のバケツとスコップで城を作ったり、丸っこい熊手で砂を掘って貝の安寧を乱す。馬鹿だ。そんなことの何の意味がある?

 更に言えば海水浴も理解不能だ。混雑した行楽地へ行く意味も見いだせない。ただでさえ暑いのに何故、芋洗いの芋にならねばならないのか。わざわざクラゲに刺されに行ったり、痴漢だのスリだのの犯罪に遭い行くやつらは馬鹿かマゾに決まっている。

 一歩間違えれば厭世的と捉えられかねない思考は、大学生となった現在も変わらない。真夏は冷房の効いた部屋で過ごしたい。若しくは、避暑地と呼ばれる場所で大人しくしていたい。

 ……けど、今年はひとつ、学びを得た。

「仲間に亡者が居れば、多少は涼しい」


 * * *


 某県の海岸へ来た理由は、弔路谷怜ちょうじたにれい

「水難事故に遭った霊と戯れたい。防空頭巾をかぶった女でも可」

 という不謹慎ここに極まれりな、とち狂った発言をしたからである。残念と喜ぶべきか、幸いにと胸を撫で下ろすべきか、どちらにも遭遇することはなかった。

 が、太郎と花子には出会えた。

 ふたりは別々の日に、別の人間の手によって、別の場所で殺された。そして同じ場所――某県の海に遺棄され、出会った。境遇や死因は違えど、殺害されてゴミのように棄てられたふたりは意気投合。数十年の時をかけて友情は恋情へと変化し、交際を開始した。

「すご。まさに運命じゃん」

 木陰ひとつない浜辺の真ん中にて。ほえ〜、と阿呆みたいな声を上げながら感心し、拍手する弔路谷。

 彼女の言に太郎と花子は照れたように俯いた。そっと互いの顔を見遣ると眼が合ったのだろう、同時に「えへへ」と笑い声を漏らす。温和しそうな、ほんわかとした人柄の男女。確かにお似合いのカップルと言えた。

「同棲はしないの?」

 弔路谷からの質問に、太郎が眼を丸くする。

「同棲ですか!?」

「うん。だってもう、付き合い長いんでしょ?」

「ま、まぁ……短くはないですけど。でも、同棲だなんて……」

 ねぇ、と花子へ話を振る太郎。花子は戸惑った様子で頷く。

「わたくしたち、何処へも行けませんから……」

「あ、そっか」弔路谷は拳で掌をぽんと叩く。「もう同棲してるようなもんだね」

「なるほど」

 思わず僕も納得の言を口にした。そうか。ふたりにとって、自らが縛られているこの浜辺こそが『家』なのか。ならば同棲の次は――

「結婚だね!」

「うわ……思考がシンクロしちまった。死にてえ」

「は!? 何言ってんのハジメくん! 死んじゃ駄目!」

「そうですよハジメくん! 死にたいだなんて言わないで下さい!」

「わたくしと太郎さんの分も生きて下さい!」

「ハナさんを寝取る気なら、そうはさせないぞ!」

「ごめんなさい、軽率に『死にたい』なんて言って。もう言いません。あと、お前は黙れ」

 他人に命を奪われたふたりからの説得は、心にクるものがあった。

 同時に、弔路谷の口を早急に黙らせたいなと思った。「死ね」だの「殺す」だの言えば、また太郎と花子が「そんなこと仰らないで!」と騒ぎ始めるので半殺し程度に止めたい。

「ハジメくんがハナさんを奪っちゃう前に、タロさん! 結婚式しよ! ね!」

「えぇ!? そんな急に!?」

「善は急げだよ! 時間は有限なんだから! ほらハジメくん、ぼさっとしない!」

 時間は有限。

 皮肉なんだか厭味なんだか、デリカシーが欠けているだけなのか。大変突っ込み辛いが、生者たる僕らの時間は正しく有限だ。素直に指示に従おう。

 弔路谷と僕は打ち棄てられた流木と、有り余るほどある砂と海水を使って小さな教会を建設した。そして太郎と花子を教会の前に立たせ、「病めるときも健やかなるときも」でお馴染みの誓いを立たせる。

 祝福に、弔路谷は結婚式の定番ソングを全曲唄った。当然、僕も途中で巻き込まれた。嵐の『One Love』とMr.Childrenの『365日』は恥以外の何物でもなかった。が、弔路谷の『Butterfly』は悔しいほど巧かった。『恋』を唄って踊る際には自棄くそだった。

 最後、新郎新婦のために花火をした。打ち上げ花火ではなく、コンビニで簡単に入手できる手持ちタイプだったけれど、普通に奇麗で愉しかった。

 締めの線香花火が落ちる頃、太郎と花子の姿はなかった。

「新婚旅行は何処に行くんだろう。無難にハワイかな」花火のゴミを片付けながら弔路谷が言う。

「何処にも行けないだろ」

「あ、そっか。海は繋がってるのにね、残念」

 なんだか淋しいな。

 波音に混じる呟きが僕の胸中と全く一緒だったので、僕は眼を伏せて口を噤んだ。

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