Day15 解く

 弔路谷怜ちょうじたにれいから害虫を見るような眼差しを向けられている。そんなふうに彼女から見られる筋合いはない。僕が彼女を、そういうふうに見る覚えは有り余るほどあるけれど。

「さっきから何だよ」

「ハジメくん、一体どこで悪い虫を引っ付けてきたの?」

「は?」

「とぼけんじゃないわよ!」

 眦を吊り上げながら、弔路谷は僕のカーゴパンツのポケットへ手を突っ込んできた。ずぼっと勢いよく。了承もなしに。湿気を多く含んだ曇天の空気を切り裂く、僕の悲鳴。気分は宛ら、暴漢に襲われるか弱き乙女である。

「ほら、これよこれェ!」

 と言って強引に取り出されたのは、親指大の編みぐるみだった。

 デフォルメされた白い体に長い耳を持つ、赤い瞳が印象的なうさぎ。印籠の如く突き出されて思わず「あ」と声が漏れた。それは四日前から僕の手元にあった。が、どういう経緯で入手したのか全く憶えていない。記憶の断片さえ甦らない。いつの間にか傍にあった謎の編みぐるみだった。

 僕の反応に何を思ったのか、弔路谷の眉間に深い皺が寄せられる。

「これ、捨てるよ」

「え、なんで?」

「呪ってるから」

「は?」

「ハジメくんを呪ってるから」

「……呪われてる感じは全然しないが?」

「感じなくても呪ってるの」

「意味判んねえ」

 そもそも何故、呪われなければならない。こんなにも健全で真っ当な、普通の男が。どうして。

「判ってよ」僕の睨みなど意に介さず、弔路谷は言う。「サッちゃんも苦しんでる。それに、ハジメくんを虐めて良いのも呪って良いのも、あたしだけなの」

「いや、良くねえだろ。優しくしろ、僕に」

「とにかく、捨てるからね!」

『ひとりかくれんぼ』の鬼にされた使用済み藁人形の火葬跡が真新しい弔路谷家の庭で、編みぐるみも灰となった。生温い風に揺れる燃え殻を見下ろす。鼻腔を刺激する厭な臭いに眉を顰めていると、ぽんと肩を叩かれた。

 振り返れば笑顔の弔路谷。彼女を見つめながら、僕は「あれ?」と首を傾げる。

「僕、なんでここに居るの?」

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